君に捧ぐ、一枝の桜花
ピアノ
部屋に満ちるのは音。軽快に弾くピアノの音と歌う明の声。

「♪・・!?」

ばさばさという音に明は手を止めた。

「・・・・・何、やっているの?」

吉野は何故か慌てた様子で床に散らばった楽譜をかき集めている。よいしょっと椅子から立った明はちょこんと吉野の数歩手前で座り込んだ。じっと明が吉野は見つめても、吉野はファイルと楽譜をにらめっこしていた。

「・・・・」

明は吉野の背後に聳え立つ棚を見上げた。なるほど、棚に置いていたはずの楽譜入りファイル数冊がない。

「なんで、ぶつかるのかな?」
「お、お前がちゃんと整理せぬからだ」

何故、動揺しているのか分からないといいたげに明は首を傾げた。それにきちんと棚に置いていたファイルが床へ落下する理由も分からなかった。

「全く、世話がやけるなあ、吉野は」

明は吉野がかき集めた楽譜を手に取ると、曲べつに分けだした。そんな明を今度は吉野が見つめる。

「これはだいたい、何だ」

吉野は長い沈黙の末に口を開いた。不思議そうに楽譜を一枚手にとって眺める。分けた楽譜をファイルに仕舞いながら、明は答える。

「これ?これはクラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテの楽譜」
「くらば・・ぴ・・ぴあん?」
「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」
「くらばち・・・?ふぉるえ?」
「違うよ。クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテだよ」
「く・・長い」
「・・・・ピ、ア、ノだよ」
「ぴあの?」
「そう、あれ」

明が自分の後方を指差す。指先の先にグランドピアノ。吉野は立って興味があるのか、ピアノの前に来た。
ぽーん・・・と高いレの音が空気に響いた。それは空気に染み渡り、やがて雪のように消えた。

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