イジワル御曹司と花嫁契約
「うれし……かった?」


 口に出しながら、紙にも書く。


自分で書いておきながら、どうして嬉しいなんて感情が生まれるのだろうと不思議に思った。


後悔とか、腹立たしさとか、そういうマイナスな感情が生まれてしかるべきだろうに。


これじゃまるで私が……。


「彰貴のことを……好き……?」


 再び口に出しながらボールペンを動かす。


ハッとして好きの文字を黒く塗り潰す。


 好きだなんて! 馬鹿か私は!


 違う、それだけは駄目! 絶対認めない!


 これは……そう、これは、この感情は、全てが初めてだったから、なんかこう、気持ちが昂っちゃっただけよ。


世にいう吊り橋効果みたいなもので、アドレナリンがわあって出て、それをきっと恋と錯覚してるだけ。


 そうそうそうそう、きっとそう。


恋愛経験があまりにもなさすぎると、うっかり変な男性にコロっと騙される女性がいるって聞くけど、まさに今の私がその状況なんだ。


 危ない、危ない、あー怖い。


私は不毛な恋愛をするほど暇じゃないんだから。


 私には他に考えなきゃいけない大切なことがある。


 母の転院がついに決まったし、今後手術も控えてる。


こんなくだらないことで悩んでる余裕はないんだ。

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