最悪な政略結婚を押しつけられましたが、漆黒の騎士と全力で駆け落ち中!
「だが、この幼子を見捨てても、はたして良いものか?」

 葛藤の表情で自分の胸元を見下ろすその両腕には、真っ白なおくるみに包まれた、まだ生まれて間もないだろうと思われる赤ん坊が抱かれていた。

 赤ん坊は迫り来る炎の恐怖を知ることもなく、スヤスヤと安心しきったように眠っている。

 稚い寝顔を眺めていたその者の迷いの表情が、すぐに決意の表情に変わった。

「やはり、我にはできぬ。ゆえに、この幼子を連れて行くなり」

 そう呟いて大事そうに赤ん坊を抱え直し、そっと顔を寄せ、柔らかな髪に頬ずりをした。

 その瞬間、その者と赤ん坊の姿が、まるで夢まぼろしのようにその場からスッと消滅する。

 いったいどこに、どうやって消え去ってしまったものか。後に残るは紅蓮の炎ばかり。

 覇者を失った無造の兵が荒れ狂うが如く、なにもかもを飲み込むように、炎は容赦なくすべてを焼き尽くさんと手を伸ばしていた……。





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