乙女は白馬に乗った王子を待っている
ゆり子は目をつぶっている高橋の長いまつげをしげしげと眺めた。

ホントに整った顔だわ……と半ば感心しながら、ぼーっと見ていたら、ふいに目を開けた高橋とばっちり目が合ってしまった。

「ホントにオレに惚れてないの? 今、見とれてたでしょ。」

「はあ〜、給料もくれない、仕事のできないほぼ自称社長の男に惚れる女なんていませんよ、どんなに顔が良くても。」

「お、イケメンなのは認めてくれるんだ?」

それでも嬉しそうに聞いてくる高橋をカワイイと思ってしまう事は確かだ。
ゆり子より五つも上なのに。

「ま、それは否定しませんけどね。雑誌のモデルでもやってお金作って下さいよ。」

「じゃあ、オレは営業に行ってくるから、後は頼むよ。」

それだけ言うと、高橋はコーヒーを飲み干して、事務所から出て行った。

こんな泥舟にいつまでも乗っている余裕はない……。

ゆり子は、高橋が出て行った後、早速パソコンを立ち上げて仕事を探し始めた。

こんな状況できっちり仕事をする義理などない。

高橋は、いい男には違いなかった。人なつこい笑顔は確かに魅力的だ。しかし、あの甘いマスクと社長という肩書きに騙されてはいけない。

人材派遣の会社とは名ばかりで、派遣登録者だって、今は多分、一人もいないはずだった。

紹介できる企業も一つか二つぐらいしかないはずだ。

要は、全くの開店休業状態。そんなところにいつまでもいられるわけもない。かすみを食って生きていく事はできないのだ。


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