雨音の周波数
「どんなときでも食事はとらないと。心は弱っていても体は元気でしょ」

 ゆっくりとドライカレーを口に運んだ。スパイシーな味に少し咽た。それでももう一口食べた。

「美味しいです」
「そうだな」

 その会話のあと、ただ食事をして駅まで送ってもらった。

 佐久間さんは別れ際に「僕らは"師弟の二人"が丁度いいよ。小野は大事な弟子で仕事仲間だよ」と言ってくれた。


 アパートに帰り、電気も点けずベッドに転がった。

 最低だ、本当に最低だ。佐久間さんに全て言わせてしまった。

 圭吾への気持ちをずっと見ないようにしていた。ちょっと思い出しただけ。ちょっと失恋の感覚が蘇っただけ。あの恋の記憶が強すぎて次の恋が上手くいかないだけ。全部言い訳だ。まだ好きでいる自分への言い訳だった。そんなだから私の恋愛は上手くいかなかったんだ。好きな人がいたから。

 なにもかも自分に跳ね返ってきた。自業自得、今の私にピッタリの言葉だ。

 圭吾が消えてしまった今、私はどうすればいいのだろう。

 ラジオにメールが来ることはない。仮に来たとしても、私用でリスナーのメールアドレスを使うなんて以ての外。ラジオの制作スタッフとして絶対にしてはいけない行為。

 さすがにニッポン香味の佐藤社長が、またラジオの見学に来るとは思えない。ニッポン香味……。

 そっか、そうだよね。今度は私から動かなくちゃ。圭吾は私を見つけて、メールを送り、会いに来てくれた。私から消えたんだから、私から姿を現さなきゃ。

 どうなるかわからないけれど、私がやるべきことをやろう。

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