雨音の周波数
【9】相合傘と雨
 朝、会社に着くと佐久間さんは急な出張で居ないことを知った。偶然だったのか、わざとなのかはわからないけれど、佐久間さんが居ないことにほっとした。

 どんな顔をして佐久間さんに会えばいいか悩んでいたから。佐久間さんはいつも通りに接してくれるだろう。私も同じようにすればいいだけのこと。でも今の私には、その普通が難しい。

 ラジオの放送がない金曜日。予定が自由に使える数少ない日。一日パソコンと向き合ってばかりいる。なんとしても五時までに仕事を終わらせたい。今日中に終わらせたいものを次々とこなしていく。

 隣の席の町田さんには「すごい集中力ね」と感心される始末だ。

 そう思われるのも仕方ない。私がパソコンと向き合っているときは、集中しているというよりも悩み疲れていると言ったほうが正しい。

 今日は企画や台本を考えるは止めて、使えても使えなくてもアイディアを量産すること、必要な書類と資料の作成を中心に行う。これだと悩むことなく仕事ができる。そして予定通り五時に会社を出た。

 普段は車通勤をしているが今日は歩きで来た。ニッポン香味付近のパーキングエリアが空いているかどうかわからないし、電車なら渋滞に巻き込まれず行ける。

 いつもは使わない路線で駅に降りた。ホームに降り立つとたくさんのビルが見える。その中にニッポン香味が入っているビルも見えた。

 駅を出て数分で目的の場所に着く。このビルの四階。エントランスに入り、ビル内の案内図を確認する。出入口はこのエントランスのみで、階段を使ってもエレベータを使っても、必ずここから出てくる。

< 72 / 79 >

この作品をシェア

pagetop