雨音の周波数
「傘、小さくてごめんね」
「いや、助かってるよ」
「そう。圭吾、あのね、さっき振られたって言ったでしょ。私、ずっと好きな人がいたの。でも、その気持ちに蓋をして気づかない振りをして、もう忘れた、もう過去のことって思い込んでた。その気持ち、彼に見透かされちゃった。人に言われてやっと気づいたの。馬鹿みたいでしょ」

 雨の音が強いおかげでこの世に傘の下しか空間が存在しないように思えて、すらすらと言葉が出てくる。

「圭吾、私、あのね」
「待って」
「え?」

 圭吾は傘を握る手を包むように掴み、軽く引っ張る。その力の方向に体が動く。圭吾はどこかへ向かおうとしている。

 少し歩いて着いたのはマンションに併設されている公園だった。住人以外が入っても問題ないらしい。こんな雨の日だから人は誰もいない。

 芝生のおかげで地面はどろどろとはしていないけれど、この雨でパンプスはびしょ濡れで汚れようが汚れまいがどうでもよかった。

「圭吾、どうしたの?」
「春香。俺、うぬぼれていい? 都合よく考えていい?」

 体を少し屈めた圭吾が私を見つめてくる。雨のせいで夕方にしては暗く、街灯の明かりで圭吾の表情が見えた。

 あの時と同じ顔だ。私を好きだって初めて言ってくれた時と。

「うん」
「春香、俺」
「圭吾、待って」

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