婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
「違うんです…」
ギュッと拳を握りながら、彼は私に向かって小さく呟いた。
「違うって…」
「香奈子とは恋愛結婚じゃないんです。私達は結婚相談所で出会いましたから… 当時、香奈子の周りには沢山の男達がいました。けれど彼女が結婚に求めていたのは愛情じゃなくお金でした… だから、彼女は社長という肩書のある私を選んだんです。」
「そんな…」
「昔、彼女が言ってたんです。私は貧乏な家庭で育ったから、二度とお金では苦労したくないんだって… だから、黙って私が身を引くのが一番いい選択なんです。今は辛い思いをさせてしまうけれど、香奈子なら、子供も含めて面倒見てくれる男なんて、すぐに現れますから…」
その瞬間、圭司が彼の胸ぐらを掴み上げた。
「おまえ、ふざけ…」
「ふざけないでよ!!!」
圭司の声に被さるように、女性の叫び声が響いた。
全員がドアの方へと振り返る。
「か 香奈子!」
香奈子さんのご主人が声を上げた。
そう
声の主は、病院のパジャマにコートを羽織った香奈子さんだったのだ。
「あなたの秘書が全て教えてくれたわ…」
香奈子さんはそう言うと、ご主人に向かって歩き出した。
「香奈子… 体は大丈夫なのか? 今、入院してるって」
そんなご主人の言葉を無視して、香奈子さんは大きく手を振り上げて、ご主人の顔を思い切り引っぱたいた。
『パチーン』
「冗談じゃないわ 私を見くびらないで! 私はあなたの妻なのよ 例えどんな事があったって、一生あなたについて行くに決まってるじゃない! ちゃんと私は…あなたを愛してるんだから!」
香奈子さんはそう叫ぶと、泣きながらご主人の腕にしがみついた。
「香奈子…」
ご主人の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「香奈子… 本当にそれでいいのか? きっと、これからたくさん、俺は香奈子に苦労かけてしまう…」
「いいって言ってるでしょ! そりゃ、確かにセレブに憧れた時期もあったけど、もうそんなのどうだっていいのよ! あなたと悠真と生まれてくるこの子さえいてくれたら… 他には何も要らないんだから!」
「香奈子… すまなかった… 俺がバカだった…香奈子」
二人は泣きながら、しばらくの間抱き合っていた。
よかった…
本当によかった…
もらい泣きした涙を拭っていると、圭司が私の肩を抱き寄せた。
こうして、事務所内が甘い空気に包まれてから、5分以上が経った時…
「永岡… 取り込み中悪いんだが…」
黒澤弁護士がポツリと呟いた。
ハッと我に返った香奈子さん達と私達…。
「あ! あー すまない…」
照れくさそうに、香奈子さんのご主人が香奈子さんを離した。
「結局、どうするんだ? このまま自己破産すれば、もうあのマンションも競売行きだぞ…? 形だけでも離婚した方が」
「けっこうです… 私達、一からやり直しますから」
そう笑顔で答えたのは香奈子さんだった。
「香奈子… でも」
「大丈夫… なんとかなるわよ。実は私の親もね、高2の時に自己破産したの… 当時は気づけなかったけど、あの頃、決して不幸じゃなかったわ… どんな暮らしだって笑って生きていく自信ならあるから… ちゃんと覚悟だってできてるわよ!」
香奈子さんが自信満々にそう言った。
「さっきからずいぶん男前だな… おまえ」
圭司が香奈子さんを見てフっと笑った。
「何よ… それ」
「いや 、誉めてるんだよ… ほら、これも男らしく破ってやれよ…」
圭司がそう言って、離婚届けを差し出した。
香奈子さんは、「男じゃないけどね」とツッコミながら豪快に破り捨てた。
「香奈子さん、そろそろ病院に戻った方が… 顔色も少し悪いから」
私は香奈子さんの顔を覗きこみながら、そう言った。
「そうね… ホッとしたらちょっと疲れが出てきたみたい…」
「大丈夫か 香奈子… 救急車呼ぶか?」
香奈子さんの周りでおろおろとするご主人…。
「呼ぶ訳ないでしょ 大丈夫だから、少し落ち着いてよ… あなたってホント気が小さいだから… やっぱり、あなたには私がいないとダメじゃない」
香奈子さんはブツブツ言いながら、ご主人を睨んでいた。
なるほど…
こういう夫婦の形もあるんだな~とちょっと微笑ましく感じ笑ってしまった。