これを『運命の恋』と呼ばないで!
相手が鬼なら
「ふぅん。それで私の所へ逃げ出してきたってこと?」


息を切らしながら店の中に飛び込んできた私を見て、智花はまぁ座りなよ…と椅子を勧めた。


「ありがと。まだ仕事中なのにごめんね。いきなり来て」


弾む息を整えるように胸に手を置く。

肩呼吸を繰り返している私を横目で見つめながら、智花は「ふぅん」と小さく言った。


「何かある?」


やっと落ち着いてきた胸の鼓動にホッとする。
けど、次の言葉が私の心音をまた跳ね上げた。


「ナツ、その青空先輩っていう人のこと気になるの?」


ぎくぅ!としたのを見透かすように、智花がクスッと笑った。


「分かり易ぅ…」


面白くて仕方ない風に肩が震えている。


「あ、あのね。私は別に好きとかじゃなくて」

「うんうん、分かるよ。ただちょっと気になるってだけの段階だって。へぇ、そうか。そういう事か」


まだ何も言ってないうちから納得している。


「と、智花!?あのね」

「まあいいんじゃない?相手が誰でも」

「えっ!?」

「ナツの味方らしき人がちゃんと近くにいて良かった良かった」


安心したようにヘアカット用のハサミを片付け始める。


「先輩は味方なんかじゃないよ。むしろその逆」


一瞬だけ高まった心音は、直ぐにまた落ち着きを取り戻す。
その胸の内で考えるのは、さっきの二人のことだ。


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