恋凪らせん



西棟・東棟と呼ばれる社屋をつなぐ長い通路を歩いていると、後ろから弾んだ声をかけられた。

「後藤さん、完璧でしたね」
「クライアントも満足そうでしたし」
「このまま進めていけますね!」

先ほど一緒にプレゼンを担当した若い同僚たちだ。会議室の片づけを終えて追って来てくれたのだろう。

「みんなもお疲れさま。でもまだ気は抜けないから、力を合わせていきましょう」

はい! と元気な声が重なった。眩しい若さに気圧されそうになる。そんなふうに感じることがもう自分が若くない証拠だろうかと考えて、仕事用の微笑に少しだけ苦笑が交ざった。
プレゼンは成功と言ってもいい手応えだった。部長に報告してさっさと帰りたい。

彼らと一緒に東棟に向けて歩き出したとき、「後藤さん」と粘るような声がした。
嫌な予感がする。そして、そういうものはたいてい当たる。
私は同僚たちに「先に戻ってて」と伝えると、気づかれないように溜息で嫌悪感を逃がし、仕事用の笑みをなんとか貼りつけてゆっくりと振り向いた。

「や。ご苦労さま。さすが後藤さんだね。いいプレゼンだった」
「……どうも」

やっぱり同期の三塚だ。自己中心的で自己陶酔が得意な彼を一言で表すと「ウザい」になる。世の中便利な言葉があるものだ。「ウザい人だよ」と言うだけで三塚という男を察してもらえる。

フロアが西棟と東棟に分かれてから会う機会も減って楽だったのに、最近恋人と別れたらしく、人恋しいのかやたらと声をかけてくるようになった。

「ねえ、今日定時で上がれる? 夕飯一緒にどう?」

なんとなく体が右に傾いでいる。誘うときにはいつもこのポーズだ。たぶん自信がある角度なんだろうけど、ピサの斜塔かと突っ込みたくなる不自然さだ。

「ごめんなさい。定時では上がるけど先約があるから」

社内でのことだし同期でもあるから、波風立てるのは得策ではない。仕事用だとはっきりわかる笑顔で応じる。普通の男ならこれで引き下がるのだろうけど……。



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