恋凪らせん



「先約ぅ? まさかデートじゃないよねえ」
「……そのまさかですけど、なにか?」

はっきり言えば三塚は普通ではない。再三、恋人がいるときっぱり伝えて断っているのに毎回このやり取りがある。
端から私の話を聞く気がないのか、聞いても忘れてしまうのか。何度も何度も言っているのに、この男の中では私は「淋しいおひとりさま」なのだ。
断る口実のエア彼氏でもなんでもなく、二年もつき合っている恋人がちゃんといるというのに。だいたい、仮におひとりさまだったとして、これだけ断っているのだから脈なしと判断できないのだろうか。

私は一瞬で仕事用の笑みを消し、意識してきつめに三塚を睨んだ。それを見た三塚は大げさに肩を竦めて首を横に振る。そういう仕草もウザい。

「じゃあ今夜はそちらに譲る、ってことにしておくよ。また今度ね」

三塚は右に傾けた体をやっとまっすぐにし、西棟に向かって歩き出す。
譲るってことにしておくってなんだ。こっちのほうが先約だって言ってるのに。どこまで人の話を聞かない男なんだろう。

踵を返した三塚の背中が長い通路の向こうに小さくなると、私はがっくりと項垂れた。プレゼンより疲れる。かなりの消耗だ。
腕に抱えたプレゼンの資料が一気に重みを増したように感じられる。今までそこまで接点はなかったのだけれど、企画が通れば三塚と一緒に仕事をすることになる。三塚は面倒だが、企画は通したい。

気が重いなあと溜息をついてはっとした。資料を抱え直して腕時計に目をやる。けっこう時間を喰ってしまった。もう出ないと待ち合わせに遅れてしまう。久しぶりのデートなのに、会える時間が減ってしまうなんてイヤだ。
三塚め、と心の中で悪態をつきながら、私は急ぎ足で東棟のフロアへと戻り始めた。



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