恋凪らせん
柔らかいダウンライトの光に包まれた店内に低くジャズの調べが流れている。それをベースに、客の控えめなお喋りが心地よいざわめきを生み出していた。
ワインに口をつけたテーブル越しの和彦が小さく肩を竦めて笑う。
「へえ、まだ誘ってくるんだ。めげないね。その三塚くん……だっけ?」
「笑いごとじゃないですー。どんなに恋人がいるって言っても聞いちゃいないし、もういい迷惑。企画が通れば一緒に仕事しなくちゃならないし、面倒だなあ」
美味しい料理に失礼だから溜息はぐっと飲み込む。代わりに口を尖らせると、和彦は目尻に優しいしわをつくった。私はこの笑顔にめっぽう弱い。
みっつ年上で三十二歳になる和彦だけど、やたらと若く見える人だ。染めていないのに栗色の明るい髪色も一因かもしれない。
私との共通点は、お酒が好きなこと、パクチーが苦手なこと、右利きの癖にスマホの操作は左手ですること、そしてバツイチなこと。
三年近く前、私はたった一年の結婚生活に終止符を打った。なんとも陳腐な表現だけれど、まさしくぽんと点を打ったような唐突な離婚だった。
離婚の理由は、これもベタだけど夫の浮気。結婚前後でまったく態度が変わらなかったから「まさか」と思った。
発覚したのは相手がうちに乗り込んできたからだ。しかも、すべて夫の子どもだという幼い三人を連れて。
唾を撒き散らしながら「別れてよ!」と暴れる女にも閉口したけれど、それを止めることもできずにおろおろしているだけの夫にもうんざりした。
三人の子どもたちが本当に夫の子なのか、その真偽はわからないけれど、私との結婚前から関係していた女がいて今も継続中だとわかったら、愛情なんかきれいさっぱり消え失せた。ずっと続いていたのなら、そりゃあ態度も変わらないわけだ。
さっさと向こうに行ったら? と離婚届を突きつけた私に夫は眉根を寄せた。
『麻子とは離婚したくない。あいつとは浮気だから楽しいんだ』
そんな世迷言を言い放った夫を私は生涯許せないだろう。
有責は夫側だ。さほどの苦もなく、夫は元夫になった。今はどこでなにをしているか、あの女と子どもたちと暮らしているのか、私はまったく知らない。知らなくても問題ない。もう私の人生からは退場した人なのだ。