よるのむこうに

だめだ。

死ぬかもしれないリスクを冒すのなら、なおさら天馬は巻き込めない。

一緒に暮らしていた人が死ぬ。ルームメイトであれ、恋人であれ、親兄弟であれ。それがこの若い心にショックを与えないはずがない。
アラサーの私でさえ、まだ身近な人をなくした経験はないけれど、それを想像するだけで怖くなってしまう。

私は天馬の顔を見あげた。

ある面では飛びぬけて馬鹿だけれど、決して頭が悪いわけではない。きれいな瞳の奥にはやはり獣じみた純粋さと直情的な感情の激しさがある。

もしものときも傷つけたくなかった。
私の葬列に彼が神妙な顔をして加わることよりも、彼自身のために日々を送って欲しい。
そう思う程度には彼が好きだった。

天馬を傷つけない方法なんて一つしか思いつかない。
結局どうやったってこんな難病におかされた人間の行き着く先は同じなのだ。

「なんだよ、」

彼は少し嬉しそうな顔をする。目の前の男はうれしいからと言って彰久君や景久さんのように微笑みを返してくるわけではない。
けれど喜色とでもいうのだろうか。アーモンドのような瞳に柔らかい光が宿り、何かを期待するように私を見つめる。
男女の好きという気持ちとはまた少し違った、幼児が母親を見上げるような目とか、飼い犬が飼い主を見上げる目に似ている。そこに恋はない。けれど、悲しいことに愛はある。


「天馬、今日は外食しようか」

「なんだよ、金無ぇんじゃなかったのか」

「大金はないけど小金はあるの。天馬も生活費を入れてくれるようになったしねー。
何食べたい?」

「肉」


答えがあまりにも私の予想通りだったので思わず笑ってしまった。

「よーし、じゃあお肉食べにいこう。焼肉?」
「おう」


もっと喜んで欲しい。
彰久君や景久さんのように、もっと笑って欲しい。
一緒にいる時間が長くなればなるほど、私はどうしようもないほど天馬に惹きつけられていく。

私は天馬の唇の端がかすかに上がるのを見つけては、その柔らかな曲線を目に焼き付ける。

自分の気持ちにブレーキをかけなければ後で自分が辛くなるとわかっていながら、本当に会えなくなるその瞬間までこの人を思い切り甘やかしていたいという衝動をこらえきれなかった。

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