よるのむこうに
すこし性急な話に感じられたけれど、お見合いってこんなものだろうか。
また返答に困って、喫茶店の窓から外を見る。
少し大きな通りがあって、その向こう側に古いマンションがある。マンションの一階部分に私の働く塾がはいっている。叔母の顔を立てるつもりで見合いをしてみたけれど、私は少しも乗り気じゃない。
結婚すること、いや、それ以前に誰かと付き合うことがとても億劫だった。今さら天馬とどうこうなろうという気はないけれど、私はあの天馬との別れで随分消耗してしまった。
私の中にある恋愛をする器官だけが疲れてぺしゃんこになってしまったような感じだ。
いつかこの力の出ない感じが癒えて、また誰かを好きになる日も来るのかもしれない。けれど今は誰かを心の中に入れる気にもなれなかった。
「おーはーな、おーはーな」
美和ちゃんが私にペンを渡した。
「お絵かき?おばちゃんもやっていいの?」
尋ねると、彼女はにっこりと笑って頷いた。言われるままに花の絵やミツバチの絵を描いてやると、嬉しそうに頬を赤くして微笑んだ。かわいいものだ。
私はその愛くるしい笑顔につられるように笑い、求められるまま絵を描き続けた。
石田くんはその様子を嬉しそうに眺めていた。
そんな彼の顔をまともに見ることが出来ず、私は美和ちゃんの言うままに絵を描いた。
石田くんの顔はとてもじゃないが見上げることはできなかった。こんな気持ちでお見合いに臨んだ疚しさが心に重くのしかかった。
こんな気持ちで結婚なんか、できない。
美和ちゃんは確かにかわいい。抱き上げればきっとかわいくて手放しがたい気持ちになるだろう。その小さな手で袖をつかまれれば誰だってその手を払うことはできないだろう。
石田くんも元々同級生でお互いの気質はなんとなく把握している。彼は優しい夫になりそうだ。
自分で子どもを産めるかどうかわからない私にとってはこの話を逃がせばもう永遠に子育てをする機会は得られないかもしれない。
けれど、自分でも不思議なほど心が動かない。
私は自分の中の何か大事なものを東京に忘れてきてしまったのだろうか。
美和ちゃんの手元を覗き込みながら、私は叔母になんといってこの話を断ろうかと考えていた。