よるのむこうに

美和ちゃんは確かにかわいいし、大人しい。きっと甥ほど親の手を煩わせることはないだろう。
この機会を手放せば、私には子どもを育てる機会は訪れないかもしれない。
そんな気持ちもないわけではない。

でも美和ちゃんの母親になるということはすなわち石田くんの妻になるという事だ。石田くんにいやな印象はないけれど、かといってぜひ石田くんと結婚したいという気持ちもない。

「ええと、返事はいつでもいいよ。小森さんも仕事があるやろうし。予定がわかったら連絡して」

石田くんは返答に詰まった私を見て慌てて話題を変えた。

「小森さんはこのあと仕事やっけ。あの学習塾を手伝ってるんやって聞いたよ。病気で帰ってきたんやからゆっくりすればいいのに。真面目なところは変わらんね」

私は最近、友人の経営している学習塾で週に3日ほどバイトで講師をしていた。
一般的な塾の講師のように立ちっぱなしで仕事をするのはまだきついけれど、採点や座ったままの指導はできる。安アパートとはいえ実家を出て家賃を払っている身なので少しずつでも働いて貯金を減らさないようにしておきたかった。

「もうだいぶリウマチの症状は落ち着いてるから大丈夫。塾の仕事は楽しいし、気がまぎれるよ。家にいたら病気のことばかり考えて気が滅入るし」

「バイトでやってるんやって」

「うん」

「結婚したら、辞めるつもりかな」

「え?」


顔を上げると、石田くんは愛想のいい笑みを浮かべて言った。


「俺の妻には、結婚したら家庭に入ってもらうつもりでいるんや。
事務所の手伝いはやってもらいたいけど、パートの事務員さんもいるから調子が悪かったら休んでいいし、子育てと家の事を休み休みやってくれたらそれでいいと思ってる。体調がよくないときはうちの母も頼れるし」

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