再生する




 別れて以来会っていなかった元恋人が、なぜかわたしが働くジュエリーショップにやって来た。
 普通に考えて「ジュエリーを買いに来た」んだろうけど、なんでまたわたしが働く店に……。ウィンドウの外から店内を窺い、わたしを見ても驚かないところを見ると、わたしがここにいることを知った上でやって来たのは明白。

 予想通り彼は「ここで働いてるって聞いてさ」と言って笑い、品定めをするような目で店内をぐるりと見回した。

「アクセサリーなんて普段買わないからさ、知ってるやつの店のほうが気が楽だろ?」

 戸惑うわたしの様子に気付いたのか、神谷さんがいつも通り人が良さそうな笑顔で「どのようなものをお探しですか?」と言って、かばうように肩をぽんとたたいた。
 素直にそれに従い、彼に軽く会釈をして一歩後退る。

 突然割り込んできた神谷さんを見て彼は不機嫌な顔になり「女の子が喜ぶようなアクセサリーが欲しいんだ」と、わたしに視線を向けながら言った。

「ちょっとの気の迷いで傷つけてしまった女の子に、謝罪の意味を込めて渡したいと思ってる。それで仲直りしたい」

 それは、まるでわたしに言っているような口ぶりだった。

 神谷さんもそう思ったようで、背後にいるわたしを気にかけながら、彼をショーケースに促した。


 でも彼の言う「ちょっとの気の迷いで傷つけてしまった女の子」というのは、わたしではないだろう。

 確かに二年前、彼の浮気をきっかけに別れを告げた。彼は弁解もせずに申し出を受け入れた。
 それは彼が、女性関係で苦労をしないひとだからだ。
 調子が良くて世渡り上手。探求心が強く、社交的で、多方面に友人知人がいる。その探求心から、友人知人をからかって反応を見るということをよくしていた。わたしはいつも「研究者でも学者でもないのにそんなことして、学会で発表でもするの?」と聞いていた。

 つまり今日、わたしもその探求心の標的になったということだ。
 彼は今、戸惑うわたしの反応を見ているのだ。

 その意図が分かってしまったから、彼のほうを見ないよう、彼の声を聞かないようすっと顔を反らした。

 それを見て彼は今までより少し声を大きくして「二十代の、普段こういうものをつけない子で。黒髪で、そんなに賑やかな性格じゃない子かな。身長は百五十なんセンチだからちょっと小さめ。気痩せするタイプだけど、意外と胸もある」と説明し「優しくてよく気がつくし、綺麗好きでしっかり者で、十一月生まれの子なんだ」と続ける。

 ジュエリーを買いに来た店の店員に、そこまで詳しく話すのは不自然すぎる。はたから見れば、彼がわたしのことを言っていると勘違いしてしまうだろう。事実、さっきから視界の隅にいる神谷さんが、何度もこちらを盗み見ていた。

 それでもさすがは神谷さん。

「誕生日の贈り物でしたら、こちらなどいかがでしょうか。十一月の誕生石であるシトリンのネックレスです。センターストーンを星に見立てた可愛らしいデザインですが、主張し過ぎない大きさですので、普段使いできるジュエリーです」

 神谷さんの流れるような説明に、彼は珍しく言葉を詰まらせ、慌ててショーケースに目を落としたけど、すぐに向き直り「もうちょっと派手なやつがいいんだけど」と注文をつける。その注文にも神谷さんは「それでしたらこちらはいかがですか。様々な形状の石のグラデーションが――」と。

 神谷さんが勘違いして変なことを言わないか、一瞬緊張したけれど、そんな心配はなさそうだ。

 安心して店の外に目をやると、今まさに店に入って来ようとしているカップルが見えた。
 そのふたりが知り合いだったからさらに安心して、迎え入れるためドアに歩み寄った。



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