夫の教えるA~Z
Z それぞれの春
「うーん、いい天気」

雲間から顔を覗かせた夕陽に向かって、トーコはひとりごちた。

「うわっ」

ふいに、つむじ風が足の下から吹き上げ、道沿いに続く桜の花びらを舞い上げる。

「きれい…」
トーコは、思わず声に出していた。

東京よりも少しだけ早い春の訪れに、もうそろそろ、越してきて1年になるのだと、しみじみ思う。

そうだ、去年の今頃は丁度、突然彼から結婚を申し込まれ、「ひょっとしたら騙されてるんじゃないか」と、半信半疑で引越しの準備を進めていたんだっけ。


バス停から続く、河原の歩道を歩きながら、今、彼女はアキトの実家に向かっている。ついこないだ見た映画の影響で俄かに文学少女に目覚めたトーコは、近ごろ、ジムのパートのシフトが入らない日には、市民図書館に行くのを日課にしている。
アキトとともに実家にお呼ばれしたトーコは、そのまま自宅には戻らず、そちらへと向かったのだ。

アキトとは、現地で合流する予定ことにしていたのだが、先程
「悪い、急な打ち合わせが入った」
と連絡があった。口ぶりからして、おそらく遅い到着になるんだろう。

何でも今日は、彼の実家でささやかな食事会があるのだそう。

というのも一昨日…
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