夫の教えるA~Z
「いや、ないわー、さすがにそれはないよ、うん、ないナイ」 
「えー、何がですかー?」

突然の電話を切った後、さかんに首を傾げている彼にトーコは尋ねた。

お風呂から戻ったばかりトーコは、その内容を知らない。
当然すぐに返事があるものと思ったが、彼は、彼女の声がまるで聞こえていないかのように、呆けた様子で“ない”を繰り返している。

「ねー、一体何が“ない”んですか、教えてくださいよ、ねえったら!」
「…え?あ、うん」

後ろからぐいぐい引っ張って、ようやく気が付いた様子の彼は、やはり放心状態のまま、言葉だけを発した。

「いやー、何か親がさ。家でパーティするから、今週末実家に来いってさ。姉ちゃんのカレシが挨拶に来るからって。母さんも父さんもなんかはしゃいじゃってるし、あんた達がキューピッドだとか、訳わかんねえこと言ってくるし」

「えっ、それってもしかして…」

「…そうだよな、やっぱり松田(あいつ)しかいないんだよな。松田、近頃ずっと思い詰めた顔をしてたと思ったら、まさかこんなことを企んでいようとは…
なあ、おかしいよな?だってまだあれから1ヶ月も経ってないんだぞ?相手の親に挨拶なんか行こうとするか普通」

「さ、さあ…どうでしょう」


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