ツインクロス
夏色メランコリー
深夜の薄暗い留置所内。

普段なら、既に拘留されている者も皆が眠りについている時刻であり、静かなその所内には見回りが定時刻にやって来る位である。だが、ある部屋では白い壁に数人のシルエットがゆらゆらと揺らめいて影を落としていた。

「そっ…それだけは勘弁してくれっ。頼むっ」
男は床に跪き、一人の職員に後ろ手に押さえられながら懇願した。
「俺は、どんな取り調べにだって耐えて見せるし、大事なことは何にも喋らねェ。だからっそれだけは止めてくれっ」
だが、その男の前に立って見下ろしている職員は静かに切り捨てた。
「今更足掻くな。上からの命令なんでな、悪く思うなよ」
そう言うと、押さえられている男の顎を無理やりに掴むと、口を強引に開けさせる。
「ぐうっぅ…」
男はくぐもった声を上げるが大した抵抗は出来ず、その口に一粒の薬の様なものをねじ込まれてしまう。そして、無理矢理に水を流し込まれた。男が咳込みながらも、それをしっかり嚥下したのを確認すると、職員の男は顎から手を離して言った。
「貴重な一粒をお前なんぞに使うことになるとは…と、嘆いておられたぞ。それでも、これで逝けるご好意を有難く思うんだな」
「あ…あぁ…」
男は、それを呑み込んでしまったことに絶望の色を見せている。
それを職員の男は小さく鼻で笑うと、
「小一時間で消化する。その間、吐き出すことの無いように後ろ手に縛って、口を塞いでおけ」
押さえ込んでいる職員にそう指示を出すと、その男は出口へと足を向けた。だが、
「ぃや…だ…、ま……死…たくな…っ…」
俯き、ガクガクと震えながら何事かを小さく呟いている男を、その職員は今一度振り返ると、
「口を塞ぐのは良いが、くれぐれも呼吸を妨げないようにな。アレを使っておいて死因が窒息死では、意味が無いからな」
そう念を押すと、その鉄格子の扉をくぐってその部屋を後にした。




夜が明け、その日の夕方。
いつも通りバイトに入っていた冬樹は、直純から驚愕の報告を受けることになる。

「え…?心臓…麻痺…?」
「ああ。いわゆる『突然死』ってヤツらしい。まだ詳しくは調査中らしいが、病的なものに間違いはないらしいよ」
「そう、ですか…。アイツが…」

それは、大倉が留置所内で死亡したという、思いも寄らない内容だった。


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