ツインクロス
八年越しの…
さり気なく発せられた『夏樹』の名前に、冬樹はビクリ…と身体を硬直させた。

それでも、どう反応したら良いのか迷うように見つめてくる大きな瞳は、涙が潤んでキラキラしていて、とても綺麗だと思った。
雅耶は愛おしげに見詰めると、穏やかに言葉を続ける。

「本当は、さ…。お前が隠したいんなら、ずっと気付かない振りして傍にいるのも良いかなって思ってたんだ。『冬樹』の幼馴染みの友人として、隣に居れれば良いかなって…。でも、ごめん…。やっぱり、もう限界だ」



目の前の雅耶は、優しい微笑みを浮かべていた。
けれど、その言葉の意味が冬樹には理解出来ずにいた。
頭の中が混乱していて、雅耶が何のことを言っているのか解らない。

「…それって、もう…愛想が尽きたって…いう、こと…?」

(オレが…本当は冬樹じゃないから?夏樹であることを、ずっと秘密にしていたから…?)

「オレ…が、嘘つきだ…から…?」

冬樹の瞳からは、ボロボロ…と大粒の涙が止めどなく零れ落ちる。



まるで捨てられた子犬のように、腕の中で震えている冬樹に。
雅耶は苦笑いを浮かべた。

「バカ。何でそうなるんだよっ。『放って置けない』んだって、今言ったろ?ちゃんと話聞いとけよ。…俺、前に海で言ったよな?お前は、今のお前のままで良いんだって…。あの頃から、お前が夏樹なんだってことくらい…俺は気付いてた。そんなの今更なんだよ」

真剣な顔で言葉を続ける。

「ただ…俺は…。もう、お前を夏樹としか見れないって言ってるの。好きだから、心配で堪らないんだよっ」

頬を赤らめながらも、ハッキリと言い切った雅耶に。
冬樹は漸く雅耶の言っている意味が解ったのか、驚きの眼差しで見詰めた。

そうして、僅かな沈黙が流れた後。
その大きく見開かれた瞳からは、再び大粒の涙が零れ落ちてきた。



本当は『冬樹』であることを貫き通さないとけないと思うのに。

自分のことを『夏樹』だと認めて貰えることが、こんなにも嬉しいなんて…。
自分は何て身勝手なのだろう。

(…ごめんね、ふゆちゃん…)

兄に対しての罪悪感は、どうやっても消えない。
だけど…。
雅耶の言葉が…嬉しくて堪らなかった。

「雅耶…。ずっと、ずっと…本当のこと、言えなくてごめん…」

両手で涙を拭いながら泣きじゃくる夏樹を。

「いいよ。気にしてないから…。だから、もう泣くなよ…」

そう言って、雅耶は優しく抱きしめるのだった。


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