ツインクロス
夏樹は、周囲の注目を浴びてしまっている恥ずかしさはあるものの、まるで自分のことのように喜んでくれている雅耶に、素直に笑顔を浮かべると「ありがと」と、礼を述べた。

「でもさ、実際…『夏樹』の戸籍は、その…死亡認定…?っていうのが既にされちゃっていたんだろう?そこから、取り消しとかって簡単に出来るものなのか?」
「うん…。一応、行方不明者が死亡されたとみなされていて、実は生きていたっていう例もなくはないらしいんだけど…。普通は結構手続きが大変で、もっと時間も手間も掛かるらしいんだ。でも、それを全部ふゆちゃんの後見人の九十九(つくも)さんって(かた)が上手く手配してくれたんだ。何でも、九十九さんは色んな方面に顔が利くそうで…。並木さんの元上司でもある方なんだってさ」
「へぇー。じゃあ、そっち系の人なんだ?」
「そうだね。並木さんが九十九さんのことを『ボス』って呼んでたから…」


神岡の逮捕後。
夏樹は、冬樹と並木と共にある人物の元を訪れていた。
あの八年前の事故の後、島に流れ着いた冬樹を見つけて以来、ずっと面倒をみてくれていた冬樹の後見人である九十九という初老の男性に会いに行ったのだ。
九十九は並木の属する組織の元最高幹部だった人物で、既に現役は退いているが、今でも様々な事件に相談役として関わっているらしい。その為、九十九の顔は様々な業界に幅広く知られ、陰では国の政治さえ動かせる人物とさえ言われている程だという。

だが、夏樹が会った印象では、とても穏やかな優しい笑顔の人物で、とてもそんな凄い人物のようには見えなかった。
本人曰く、『今は、小さな島で密かに老後生活をまったり楽しんでいるただの老いぼれ』だなんて言っていたけど、後で並木が言うには、それは単なる表面上の姿であり、まだまだ組織には必要とされてる凄腕の人物だということだ。
そんな人物に偶然にも冬樹は助けられ、この機会をずっと窺って来たのかと思うと、そこに運命的なものを感じずにはいられない。

冬樹は、『九十九さんは、基本的にはとても優しいけれど、怒ると鬼のように怖い人だよ。僕も、色々と厳しくご指導頂いたし…。でも、そのお陰で沢山のことを学んだんだ。本当に今があるのは、九十九さんのお陰だと思ってる。感謝…という言葉だけでは、足りないよ』と、笑顔で話してくれた。

そんな風に笑顔で過去を語る冬樹を見ていて、良かったと思う反面…。
その奥底には、実際は事故の恐怖やショック…。それに、父から託された『鍵』の重み。そして、両親を死に追いやった事故を仕組んだ犯人を知っていたことでの憎しみや苦悩が沢山あったことを知っているから。

(それらが、消えて無くなることはないだろうけど…。少しでもふゆちゃんが笑顔でいてくれたらいいな…)
と、夏樹は切実に思うのだった。
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