ツインクロス
これは完全に見つかったな。

母親も当然のことながらその子供の姿をすぐに見つけると、気付かれないように背後に忍び寄ると、その子供の着ているTシャツのフード部分をしっかりと掴み、軽く引っ張り上げた。瞬間、子供の身体は強張り、動きを止めてしまう。
「こーらっ。夏樹、待ちなさい。逃がさないぞっ」
ちょっと嬉しそうに彼女は言った。
すると、その子供はフード越しに母親を振り返り見上げると、にっこりと無邪気に笑いかけた。
「ぼく、ふゆきだよ?おかあさん」
「…あら?」
母親は目をぱちくりさせている。
動揺して母親の手がTシャツから離れると、その少年冬樹は、素早く靴を履き終えて立ち上がった。そして半ば考え込んでしまっている母親に向かって、廊下の向こう側を指さして言った。
「なっちゃんなら、あとからくるよ」
そして、母親が自分の指さした方向を振り返っているうちに冬樹は、
「いってきまーすっ」
外へ駆けて行ってしまった。
小学二年生の割には少々小さめな冬樹の背中が、外の光の中へと消えて行く。
とりあえず、
「いってらっしゃい…」
と、見送るしかなかった母親は、そのままひとり考え込んでしまう。

そんな背後から、また誰かがパタパタと駆けてきた。その足音の主は何と、先程の冬樹と顔、髪型、体格までもが、殆ど見分けがつかない程そっくりな子供だった。おまけに着ている服までも一緒なのだ。
「…なっちゃん?」
今度は確認を取るように、その探していた夏樹本人であるらしい子供の顔を覗き込む。すると、
「おかあさん」
やはり、先程の冬樹とそっくりな笑顔を見せて子供は答えた。そんな子供の様子に思わずホッと胸をなで下ろした瞬間、その子供は面白そうにくすくす笑い出した。そして、言葉を続ける。
「おかあさん、なっちゃんは、あっちだよ」
「?」
子供の指さす方向に目線を移す。
玄関の扉が半分開きっぱなしになっており、真夏の日差しが眩しい位に注ぎ込んでいる。その眩しさに目を細め、その光の向こう側をよく目を凝らしてみると、その扉の向こう側では…。
「ふゆちゃーん、はやくはやくー」
両手をいっぱい広げて手を振り、冬樹を呼んでいる子供の姿が…。やはり先程の子供が本物の夏樹だったのだ。母親は絶句して、ただ茫然と…追いかけることも忘れて立ち尽くしてしまう。そんな彼女を尻目に、冬樹も素早く靴を履き終えると、
「いってきまぁーす」
元気いっぱいに外へ駆け出して行ってしまった。
キャッキャッとはしゃぐ二人の声が次第に遠ざかり、蝉の大合唱の中に吸い込まれていった。

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