冷たいキスと獣の唸り~時間を巻き戻せたら~
プロローグ



 
 誰かの声がした。

 その声に導かれるまま、ゆっくりと水面に顔を出すように意識が浮上する。

 周りの音が鮮明になり、大きく心臓が鼓動を刻むのと同時に重い瞼を開くと、一番に目に飛び込んできたのは鮮やかなルビーの瞳。

 現実にはありえない不思議な瞳だったが、彼女は深く考えることが出来なかった。

「あっ! 何?」

 喉が焼けるように熱く、両手で喉を掴みながら男に懇願の眼差しを向けた。

「大丈夫だよ」

 全て熟知しているのか、甘い囁きと共にうっすらと微笑むと、彼女の上半身を支えながら一緒に座っている男は唇にカップを押し付けた。

 自然と唇が開き、傾けられたカップからはとろりとした濃い味の液体が流れ出て、舌の上を滑り彼女の渇きを刺激する。

『あぁ、美味しい……もっと欲しい』

 全て飲み下してしまい中身が無くなると、カップを持つ男の手を掴んで最後の一滴を求めて舌を伸ばす。

 なのに、男は彼女の手を引きはがしてカップを遠ざけた。

『足りないのに……』

 仕方がなく名残惜しげに唇についた液体を舐めとると、その様子を見ていた男は満足そうに笑った。

「その味を覚えておけよ?」

 意味深な言葉だった。

 けれど、言葉の意味を考えようにも、新たに生まれた渇望の炎に思考は焼かれて、たった一つの事しか考えられなくなった。


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