fermata
 高台への坂を上がる。
 毎日毎日晴天が続くわけもなく、今日は小雨が降っている。

 そろそろ梅雨に入る。
 そうなるとしばらく来られないかな。



 洋館は今日も、静かに外界を拒絶しながらそこにある。



「濡れるよ」

 雨に煙る景色を見ていると、かすれた声が雨と共に降ってくる。

「そんなに降ってない」

 傘は差している。
 立ち止まっていれば、さほど濡れることはない。

 この洋館には庇というものがない。
 とんがり屋根の天辺から地面まで、すとんと出っ張りのない造りだ。
 雨宿りも出来ない。

「雨でも景色を見に来るの」

「ピアノを聴きに来るの」

 景色を見るのも好きだが、ピアノが鳴るようになってからは、それも楽しみ。
 そういえば、いつからだろう。

「今日はノクターン」

「眠くなりそう」

 雨だけに、薄暗い。

「ノクターンは子守歌じゃないよ。夜想曲」

 笑いを含んだかすれた声が言い、やがてゆったりとしたピアノが流れてくる。
 曲に合わせて闇が深まり、傘を降ろした頭上には、無数の星が瞬き始めた。
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