夏を殺したクラムボン
「葉月は僕の隣の席だから、沢田に提出物を渡して来いって言われたんだ。学校には落ち着いてから来ればいいから、数学と理科のプリントを夏休みまでに提出しろって」
「……先生が」
成海は立ち上がり、髪を乱す。彼の顔や首筋には汗の玉が光っており、先ほどまで部活動に励んでいたことを物語っていた。
「ここで渡してもいいけど、どうする?」
「……ごめんなさい。手を洗ってくるから、もう少しここで待っててもらえたら」
「わかった」
言うが早いか、成海は空き地の横の塀に背中を預け、リュックの中に入っていた厚い小説を読みだした。表紙には不思議なイラストに添えて『占星術殺人事件』とかかれており、推理小説であることを伺わせている。
かりそめの家に向かい、周は走った。まとわりつく湿気を払い、成海と出会って一気に暴れ始めた脈動をごまかそうとする。
不意に流れた独り言を聞かれ、周の心は混乱していた。
……聞かれた。成海に。あんな言葉を。
どうして、私はこんなにも焦っているのか。
ドアノブが汚れないよう、慣れない手つきで鍵を開け、洗面所に飛び込む。
手首で水道のレバーを上げると、透明な水が左手を濡らした。泡状の石鹸を右手につけ、強く力を込めてこする。
純白だった泡はみるみるうちに黒く汚れていき、黒い水が白い洗面台にはびこった。
2度も手を洗った周は丁寧に両手の水分を拭き取り、元来た道を駆けて行く。
やがて見えてきた空き地のそばの塀には、変わらない様子で小説のページをめくる成海がいた。