アメトムチ。
彼の名前と、立場を知ってしまった私は、泣きそうな顔で彼の後姿を見ていた。
朝礼に間に合わなかった野々瀬さんは、幸村部長の案内で、他の課へ挨拶まわりをしているに違いない。
すると、スタスタ歩いていた彼が、クルッと後ろを向いた。

彼は後頭部にも目がついてるの!?
それとも、私の視線を感じたとか?まさかね・・・。

目が合ってしまった私は、彼を見たまま、慌てて背筋をシャキッと伸ばした。
意味もなく。でも条件反射的に。

そんな私に、野々瀬さんはニマッと笑うと、左手を口元に当てた。
そして声を出さずに口だけ動かすと、前を向いてスタスタと歩いて行ってしまった。

あの人、「あとで」って・・私に“言った”んだよね?
ついキョロキョロと辺りを見渡した私のまわりに、いつの間にかより子を始めとした女子数名が群がっていた。

「原さんっ!貴公子と知り合いだったんですか!」
「え?いや、そんな、知り合いっていうか・・何て言うのかなぁ。よく分かんないんだよね。エへッ」
「はいはい君たちー。そろそろ仕事に戻って」

た・・・たすかりました、真田課長。と思っていたのに。
「続きは休憩時間にしなさい」なんて、課長は続けて言うから、群がっていた女子たちは、席に戻ってくれたけど、結局一時的な撃退にしかなってない気が・・・。
しかも、より子からは、「じゃあ続きは社食で」なんてアッサリ、コッソリ言われるし。うぅ。

これ以上の生き恥をさらす前に、仕事、辞める方向で考えた方が、もしかしたらいいのかもしれない・・・。

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