恋の始まりは偽装結婚
 祖父が亡くなる一昨年まで経営していたお寿司屋さんは人気店で、わりと裕福な生活を送っており、高額な施設の料金もポンと支払うことが出来た。

 祖母がそんな計画を立てていると私が知ったのは、施設に入る前日の夜だった。

 物思いから覚め、考えを断ち切るように首を大きく横に振ってベンチから立ち上がった私は、国道に向かって大きく息を吸う。

 嫌なことがあると、誰もいないところで大声を出すのが私流のストレス解消法。

 日本語であれば何を言っているのか聞かれても大丈夫。


「笠原慎二のバカヤロー! 帰国するならもっと早く言ってよね! ウエディングドレスを着て待っていた私はバカみたいじゃない!」


 両手を腰に置き、仁王立ちになって叫んだ。
 
 私の声は国道を走る車の騒音に消される。

 でも、気分は少しスッキリした。

 牧師さまの淹れてくれたレモネードを飲めばもっとスッキリするはず。


「まだここにいたのか? 危機感がなさ過ぎじゃないか」


 突然、はっきりとした日本語にびっくりして、声のした方を向くと、塗装がところどころ剥げて錆が見え、現地の人でも廃車にするような車の横に、背の高い黒髪の男性が立っていた。

 日本語を流暢に話すのだから、日本人なのだろう。

 はっきりした眉毛、鼻梁は整っていて男らしく、切れ長の目を見ると、ドキドキしてしまいそうなほど。

 整った顔のパーツは一つ一つ完璧で、モデルか俳優のように超絶美男子だ。

 その顔から目を逸らせないところへ、彼がまた口を開く。

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