恋の始まりは偽装結婚
「簡単なアルバイト?」


 彼は誰もがうっとりしそうな声で、怪訝そうに聞いてくる。


「はい。もちろんアルバイト料はお支払いします。千ドルでどうでしょう? 私は瀬戸結愛といいます」


 笠原さんのバイト料は五百ドルだった。そのお金に上乗せしても、彼にやってほしかった。


「千ドル? それはまた高額なバイト料だな。男に飢えているのか?」


 ばかにしたように鼻で笑った彼はおんぼろ車から離れて私のそばへやってくる。

 飢えていると言われて、一瞬キョトンとしてしまったけれど、すぐに何を言われているのか悟り、血が一気に上がってくる。


「な、何を言っているんですかっ! そんなんじゃないですっ!」


 確かに男に飢えている。違う意味で。日本人の男性に。

 こんなことならおばあちゃんに、アメリカ人と恋に落ちたと言っておけばよかった。ううん。詳しいことなんて、なにひとつ話さなければよかった。


「なら、なぜ高額のバイト料を?」

「新郎役をしてほしくて、あ、別に結婚しろと言っているんじゃないんです!」

『新郎』という言葉で、彼がさらに眉根を寄せたのを見て、慌てて取り繕う。

「結婚式の写真を撮ってもらえればいいんです」


 神さま、一生のお願いです。この人に『やる』と言わせてください。

 私は彼に向かって両手を組んでお願いのポーズを作るけれど、心の中で祈るのは神さまだ。



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