ここで息をする
ちゃんと泳いだのは、中学での水泳の授業が最後になる。水泳部とスイミングスクールをやめた2ヶ月後だった。
厳しくきっちり組まれた練習メニューとは程遠い、授業内の緩いメニューで泳いだきり。
しかもあのときは、半分の力も出して泳いでいない。……そこまで完璧に泳げる状態ではなかったから。
自分が思う通りに泳げずにもどかしかったあれが最後だと思うと、つい必要以上にストレッチをしてしまう。今から久しぶりに泳ぐことを分かっているのだから、なおさら準備に力を入れずにはいられなかった。
プールを前にして未だに高鳴っている胸の音を意識の外に追いやって、ストレッチに集中することに努める。
全身くまなく、息を長く吐きながらほぐしていく。すっかり鈍った身体が久しぶりに泳いで驚いてしまわないようにと、とにかく念入りに。
ふくらはぎやふともも、それから特に……肩周りは気を付けた。
「……」
ぐるりと肩を回してみる。前へ、後ろへ。
……大丈夫だ。痛みは、ない。
「波瑠はさー、どれぐらい泳げるの?」
ストレッチを終えた真紀が、プールを泳ぐクラスメイトの姿を眺めながら興味ありげな表情で聞いてきた。
私がカナヅチであるとはまったく思っていないような感じで、ちょっとどきっとした。水泳経験者であることは話していないのに、その確信しているような瞳にはすべて知られているような気がして。
「……100はいくと思う」
久しぶりだし、絶対体力も落ちて感覚も鈍っているだろうけど、それぐらいはいけるはず。タイムが求められているわけでもないし、自分のペースさえ掴んでしまえば最後まで泳げるだろう。
以前は練習で一日の間にもっと長く泳いでいたから、これぐらいなら大丈夫だという自信があった。あくまでも泳いでいる途中で、身体的ではなく心理的な息苦しさに見舞われなければの話だけど。