ここで息をする
せっかく準備してほぐした身体に余計な負担がかかってしまった気がして、もう一度だけ深呼吸をしながら肩を回す。
……うん、やっぱり大丈夫だ。どう動かしてみても痛みを感じない。
呼吸だって、ちゃんと出来ている。
「次の人準備してー」
三浦先生の指示が聞こえる。私の番が回ってきた。
すでに泳ぎ終えた季里と自分の番を待ち侘びている真紀に見送られて屋根の下から出る。
眩い太陽の光に出迎えられて、身体がじわりと熱くなる。プールに近付く間、身体の中心でカウントダウンのように大きな音が鳴っていた。
「よし、三人揃ったな。入っていいぞ」
順番的に、私は1レーンだった。その1レーン近くのプールサイドには先生が立っていて、ちょっと気後れしてしまう。
そういえば先生には、水泳経験者だって知られてるんだっけ……。
泳力を把握するために今から泳ぐのだから、当たり前だけど先生には泳いでるところを見られるわけで。その際、水泳経験者という前提で見られてしまうのは嫌だと思ってしまった。
泳げることを知っていると、これぐらいなら泳げるだろうという意識が芽生えていそうだから。
もちろん先生は、全員の泳ぎを同じ目線で見ているはず。でも無意識のうちに、事前に知った情報を踏まえて見ている可能性もゼロではない。そう考えたら、少し気が重くなった。
泳げるはずだと期待されながら泳ぐのはどうも苦手だった。
だけど今は、自分の勝手な感情に揺れてぐずぐずしていられない。一緒にスタートする二人はすでにプールに入っている。先生の方を見ないようにして、私もスタート台の横からプールに入った。
――パシャン、と小さく水飛沫が上がる。
身体の熱がひやりとした水に吸収されて、気持ちいいなと瞬間的に思った。水に包まれるその懐かしい感触に、様々な感情が渦巻いていた心が少し落ち着いたような気がした。