ここで息をする


呆れてため息をつく。勝手な先輩に従おうとする気は徐々に萎んでいくけど、一度ヒロイン役を引き受けただけに彼が言う打ち合わせには行かざるを得ない。

私が思っていた通りの場所へ向かうための道を進む先輩と一緒に、私も歩を進め続けるしかなかった。


「ていうかそもそも、そういう大事な予定は事前に知らせておいてくれませんか? 連絡先だって交換してあるんだから、ちゃんと連絡してくださいよ」

「いや、だってさ……。事前に知らせたら、おまえ逃げそうじゃん? やっぱりこんな役は嫌だーとか言い出して」

「逃げませんよ! ちゃんとやるって決めたんですから!」


自ら引き受けたくせに放り出すとか、さすがに無責任なことはしない。

それなのに先輩の中の私の印象って……。役を引き受けるまでしぶとく抵抗したせいか、今になっても投げ出す可能性があると思われていたらしい。信用されていないみたいでちょっと心外だった。

でもこの人のことだ。私がやると頷くまで引き下がらなかったぐらいだし、たとえ私が逃げていたとしてもどこまでも追いかけてきただろう。

そもそも何も知らせずに直接教室に迎えに来て、もはや逃げる術すら塞いでいたのだから恐るべし執念だ。


「へえ、散々渋ってたわりには、すっかりやる気になったんだな。その意気で最後まで逃げずに頑張れよ。俺も頑張るから」


にいっと意地悪く口角を上げて笑っている先輩は、どことなく嬉しそうにも見えた。私は全然笑えずに唇を尖らせる。

映画が完成するまでこの先輩から解放されないという状況に、早くも嫌な予感がしていた。







この前来たときはほとんど人気がなかった、北校舎4階の部室が並んでいる廊下。3階の音楽室が活気に満ちている一方で、今日もここは静かだった。

並んでいる部室のドアの前を通り過ぎながら見る限り、すべてしっかりと閉じられている。


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