ここで息をする


閉め切られた中の空間からは物音も聞こえず、人が居る気配もまったくない。活動日が不規則……というか、ほとんど活動していない部活ばかりなのかもしれない。

でもその静まった場所の中で一つだけ、開いているドアがあった。中から微かに人の話し声が聞こえてくるその角部屋は、この前私も入ったからよく知っている。

映画研究部の部室だ。


「よう、ヒロインのお出ましだぜ」


部室に先に入った先輩が室内に居る人達に向かって言った。その一言で先輩以外の他の部員に初めて対面する緊張が唐突に湧いてきて、ドアの前で立ち尽くし、部屋に入るのを躊躇ってしまう。

だけど先輩に入れよと目で促されるから、尻込みして重くなっている足を何とか部屋に踏み入れた。

すでに窓を開けて換気してあるさして広くない部屋に居たのは、男子一人女子二人の計三人。

長机を囲むように座っていた全員が私を見るなり、ガタガタとパイプ椅子を揺らして立ち上がる。その突然の動きに驚きながら恐る恐る顔色を窺うと、全員が歓喜した様子で私に注目していた。


「こんにちは。僕は副部長をしている3年の如月昇(きさらぎのぼる)です。今回は役を引き受けてくれてどうもありがとう。毎回役者探しで苦労するから嬉しいよ」


最初に話しかけてきたのは一人だけ居た男子。丁寧に挨拶をした黒髪の彼は、にっこり笑って軽く会釈をした。

私も慌てて頭を下げる。


「私は佐原薫(さはらかおる)、2年生です。高坂先輩のことだからだいぶ強引に誘ったと思うけど、引き受けてくれて本当に助かります。ありがとうございます」


次に口を開いたのは女子の片割れで、黒いフレームの眼鏡をかけたストレートロングヘアーの人。大人びた顔立ちで、高坂先輩をちらりと見て微かに口元に苦笑を浮かべた。


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