ここで息をする


「髪の毛って……なんか、そういうところまでセットするって本格的ですね」

「そうでもないよ。今日はシーン的にセットしてほしいって高坂先輩に言われたけど、普段はいつもの嶋田さんの髪形のままでいいみたいだから。メイクも作品によってはするけど、今回は学生ものだから特にしなくてもいいみたいだしね。ヘアゴム、外させてもらうよ」

「あ、はい」


私の背後に回った佐原先輩に返事をするや否や、ポニーテールにしていた髪が下ろされた。結わえていたヘアゴムを渡されて、それをなくさないように手首に通す。

前を向くように頭を固定されて、大人しく髪をブラシで梳かされる。髪に触れる優しい手つきに身を委ねているうちに緊張の糸が緩んで、速まっていた鼓動が落ち着きを取り戻していった。


「ちょっと冷たいかもしれないけどごめんね」


その言葉が耳に届くのと同時に、シュッと水飛沫が髪にかかった。それは一度だけではなく、頭全体を濡らすようにくまなく吹きかけられる。

後ろを確認出来ないけど、どうやらさっき持っていた霧吹きを使っているようだ。髪や地肌だけでなく、時折顔や首筋にまで水滴が触れる。そろそろ外の暑さに参っていたところだから、熱を微かに奪ってくれるそれは心地良かった。


「撮るのは部活帰りのシーンでしょう? だからプールで泳いだあとみたいに、髪の毛を濡らさなきゃだめなの。相川先輩は本当に部活で濡れてるからいいけど、嶋田さんは違うからね」

「なるほど、それでこんなにも濡らしてるんですね」


そばの木々から聞こえる蝉の鳴き声に張り合うように、霧吹きの音が忙しく発せられる。

適度ではなく、シャワーを浴びたみたいになるほど濡らされる髪。あまりにも濡らされるから一体どんなセットだろうと疑問が湧いていたけど、佐原先輩が髪に触れながら説明してくれて納得出来た。


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