ここで息をする
そうだよね。プールで泳いだあとの設定なのに、髪が濡れていなかったらさすがにおかしい。しかも航平くんだけ濡れていて私は違うとか、もっとおかしい。
そんな違和感がないようにきちんとキャストの身だしなみを整えることも、欠かせない仕事の一つだろう。自分が関わることで初めて、映画作りの大事な部分を間近に見たような気がした。
「はい、出来たわよー」
濡らした髪の毛をほどよく梳かされたかと思うと、ぽんっと両肩を叩かれた。どうやら終わったらしい。
水分を含んだ頭はさっきまでより重く感じた。手鏡を渡されて覗くと、髪が湿気ている私が映る。
「こんな感じね」
「ありがとうございます。……わあ、だいぶ濡らしましたね。でも、本当にプールに入ったあとみたい」
「でしょう? なかなかの出来よ」
「あはは、ですね」
にっこりと笑って眼鏡の奥のぱっちりした可愛い目を細めながら、自画自賛する佐原先輩。自分の役割をしっかりこなすその姿に、私は感心する思いで笑った。
それからすぐに航平くんが到着して、動きの簡単なリハーサルが行われた。絵コンテに描かれていたそれはすでに予習済みだけど、実際に動くとなるとまた違うように感じる。
高坂先輩と如月先輩が実演してくれた動きを航平くんと再現しながら、どうにか頭に叩き込んだ。
「波瑠、台詞覚えてきたか?」
「まあ、一応……。航平くんは?」
「俺も一応、だな。……やばい、急に緊張してきた」
「もう、いちいち緊張とか言わないでよ。私だって緊張してるのを無理矢理我慢してるのに、緊張って言われたら意識して余計緊張しちゃうじゃん」
「波瑠、自分で緊張って言いすぎだろ」
「そっ、それは航平くんのせいじゃん!」
撮影直前の確認として台本を開きながら、航平くんと無駄口を叩き合う。