家族の絆
 そこに、『食前酒の梅酒です』といってかわいいグラスが運ばれてきた。
「じゃあ、もう一度乾杯。Here's looking at you, Kid.って知っているかい?」
「・・・」
ユキは梅酒のグラスを宙に浮かせたまま、首をかすかに横に振った。
「この日本語訳が、なかなかしゃれているんだよ。『君のひとみに乾杯!』なんだ」
「あ、それなら、わかる。カサブランカでしょう。母がよく口ずさんでいたわ。♪タラッタラッタラ~タラッタラッタラ~♪」
しかし、ユキは、瞬間に止めると、微笑みを消して遠くを見つめるような感じだった。少し気にもなったが、続けた。
「そうだね。 ♪You must remember this. A kiss is still a kiss; a sigh is just a sigh. ~~~♪ それじゃあ、改めて、君のひとみに乾杯!」
ユキは照れて下を向いてしまった。梅酒は甘みが抑えられて、なかなか飲みやすくて、おいしいものだった。お料理も適当なタイミングで運ばれてきて、そのことも満足のいくものだった。料理の途中で、それぞれの料理についての話が主だった。それといつものきつい顔がなんとなく柔らかく感じられた。
「初めて会ったときに、8月11日だといっていたし、大台だよね」
それに対して、ユキは特に応えなかった。料理はおいしかったし、いい誕生日が出来たと満足していた。時間が既に8時半を過ぎているのに気づいて、足早にクラブ〔水蘭〕に向かった。
 並木通りを歩きながら、「祐一さん、〔寄り道〕の女将さんのことは聞かないでね」と先に釘をさしてきた。
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