SNOW

鼓動

私はこのまま独りで生きていくのだと思っていた。
それは強がりでなく、決定づけられた事だと思っていた。


「大丈夫ですか!?ケガとかしていませんか?」
黒く縁取られた眼鏡がずり落ちそうになっても必死に声をかけてくる青年を上目で見ながら、依子はぼう、としていた。
「…あ、いえ、大丈夫です。ちょっと尻餅ついただけ。お兄さんは大丈夫ですか?」
はっとし、急いで当たり触りのない言葉を並べる。
「僕は大丈夫。ああ、良かった。立てます?本当にごめんね。」
「いえ、本当に大丈夫ですから。一人で立てます。気にしないで下さい。」
何となくばつが悪くなって依子は立ち上がる。
「いやあ、ケガしてなくて良かったよ。僕さ、そこのコンビニで買い物しようとしたんだけど、閉まってるでしょ。だからうなだれていて、下向いて歩いてたから前見てなくて…」
何も聞いていないのに人の好さそうな顔で青年は黒髪をかきながら喋り続けた。
依子は不思議と喋り続ける青年に不信感を持たなかった。
変わった人だな、とは心の隅に感じたけれど。
「もしかして君もここに用があったのかな?」
「…あ、えっと、まあ。お昼ご飯買いに来たんです。」
「そうなんだ。お互いついてないね~」
あはは、と向日葵のような笑顔を浮かべ、さて、と膝についた埃を払い、
「僕はもう行くね。…あ、でももしかして君、お腹空いてたりしない?お昼ご飯買いに来たんだよね。」
うわ、と依子は心の中で呟いた。
もしかしてこの流れは一緒に食事でもとか、家に来て何か食べてく?とか、そういう誘いが来るのではと、さっきまで萎んでいた不信感が一気に膨れ上がった。
「あ、あの私、「そこの角を曲がった所に可愛いおばあちゃんがやってる定食屋があるんだよ。これが安くて旨いのなんのって!行ってみて、僕のお墨付き」
「え…」
「君学生さんだよね?高校生くらいかな?年齢層が高めだからちょっと入りづらいかもしれないけど、最初だけだから。…あ、時間やばい。じゃあね!」

依子はあっけにとられていた。
しかし、まだ残っている思考回路で。
「あ、あの!…名前!あなたの名前!」
青年は一瞬吃驚したような表情を浮かべ、しかしニッと笑顔で、
「夢。向居夢!君は?」
「…天宮依子、です!」
「依子ちゃん!また会えたら、ね!」

依子は胸が熱くなった。小さくなる彼の背中を見ていたら、泣き出しそうになった。
(…また、ね…)
空腹感も吹き飛んだ。でも定食屋に行こう。彼との、小さい、ほんの細やかな繋がり。

胸の鼓動が治まらない。
何故??ちょっと話しただけじゃない。
わたし、私は…


芽生えた感情を認めたくない。
でも暖かい。


雪が降る。
純白の雪が、依子の心を包むように。

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