大人にはなれない

「………おまえそれ嫌味か?」
「なんで?素直に褒め言葉って受け取っておきなよ」
「けど万年1位のおまえに言われてもなぁ……」

とぼけるように返しながらも、息吹に認められたようなことを言われるのは本当はちょっとうれしかったりする。

「俺はね、有名な塾行って、サラリーマンの平均月給の倍以上の給料もらってる特進クラス専任の講師の授業、週5コマも受けてるんだから。それでこの成績維持出来なかったらただの無能バカだよ。美樹は自力で勉強してるんだから、コストパフォーマンスで考えれば俺より美樹の方が断然優秀に決まってる」

「はいはい」
「けど俺も美樹の本気久々に見た気がするけど。……何か心境の変化でもあった?随分調子いいみたいじゃん」


変化と言えるものか分からないけれど……週末ごとに『みらい塾』に行くようになってすこし自分の視野が開けた気がした。


『みらい塾』の講師は純粋にボランティアとして参加している大学生もいたけど、半分くらいはあの塾の出身者だった。その人たちは片親だったり、親が借金だったり病気だったり、それぞれ重い事情を抱えていた。

でも誰からも悲惨さを感じない。みんな自分の力で前に進んでいこうとする、揺るがない意志のようなものを持っているように見えた。そんなあの人たちの話を聞いているうちに、俺も思うことがあった。



「あのさ」

まだ母さんにも由愛にも話していないことだ。だけど自分の思っていることを整理するためにも、ここで息吹や斗和に話しておきたかった。

「軽く聞き流してほしいんだけど」

控えめに言うと、すぐに二人の視線がこっち向いた。

「なんつぅか………俺、奨学金のこと、ちょっと考えてみようかって………思ってる」
「えっ!」

斗和がいきなり身を乗り出してくる。

「それってつまり、ミキちゃん進学希望にするってことっ!?」
「バカっ、声でけぇし。………まだはっきり決めたわけじゃないけど、まあそういう選択肢、すこしだけ考えてみるのもあるかなっていうか………」
「やったじゃんっ!!」
「うわっ」

なぜか斗和のが嬉しそうに飛びついてくる。

「うっそ。めちゃめちゃうれしいんですけどっ。だって俺よりミキの成績の方が断然いいしっ。おまえみたいな頭いいヤツ行かないならなんのために高校あるんだか意味わかんねーって思ってたしっ!!」

「………わかったから、落ち着け。まだ決定事項じゃねぇよ。仮に奨学金借りるんだとしても審査とかいろいろ条件あるし」
「だいじょぶ、だいじょぶ。ミキに貸せないなら奨学金制度なんて存在する意味ねぇっ!!」


こっちが恥ずかしくなるくらい、斗和のがはしゃいだ反応してくる。それがなんだか無性にむずがゆい。


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