潮風の香りに、君を思い出せ。

ぼんやりしてないで私も戻ったほうがいいかと思った時、ドアが開いて「お待たせ」とあかりさんが入って来た。

店番はしばらく大丈夫だと言って、隣の店舗にあるセラピールームに連れて行ってくれる。本格的にマッサージをするためのタオルがかかったベッドの脇に、小さなテーブルと二脚の椅子がある。

カウンセリング用のその椅子は、対面ではなくてお互いが90度の角度で話せるように置かれている。うん、これも確か心理学の授業で聞いた。リラックスして話すには、真正面よりもこの角度がいいんだ。

「炭酸水なんだけど、すっきりするからどうぞ」

お水を出してくれながら、あかりさんは黄色いノートパッドとペンを持って座った。どんなことを聞かれるのかなと、少し身構える。


「緊張しないでね。精油には色々効用があるから、それぞれの人にあったものを使って欲しいっていうだけなの。好きな香りを選ぶだけでもいいんだけど、せっかく私のオススメきいてくれたからね」

あかりさんはペンを片手に、にこやかに話し始めた。

「普通はまず解決したい悩みを聞いて、話しながら精油をいくつか選んでいくんだよね。身体の悩みでも、心の不調でもなんでも。話せる範囲でいいんだけど、聞いていいかな?」

「うーん、思い出したいような思い出したくないようなことがあって、勇気が欲しいなと思ってます」

これから行くおばあちゃんの家のことを考えながら言う。あかりさんは一瞬言葉につまったようだった。

「あ、ごめん、大地のことを言うかなと思ったから」

確かに。元カノさんと会っていて心配している時なのに、全然関係ないこと言っている自分に気づく。

「変ですか?」

「ううん、そういうところがいいのかもね」

「大地さんのことは好きになっちゃったし、ナナさんとのことは私がどうにかできることじゃないから、解決したいって感じじゃなくて」

どちらかと言えば、考えたくないと思ってるかもしれない。嫌なことは考えないで忘れておきたい。
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