ポラリスの贈りもの
64、最愛の人との再会

東さん、流星さん、そして私を乗せたAF278機は、
12時間25分のフライトを終えて、
パリのシャルル・ド・ゴール空港へ到着する。
初めてのパリに緊張しながら、空港の時計を見ると15時を過ぎていた。
時差が7時間もあるのは解っているものの、
なんて長い一日なのだろうと不安に押し潰されそうな心は叫んでいる。
空港を出たところで、東さんが一台のワンボックスカーに近寄っていった。
それは、迎えに来ていたスターメソッド・パリ支社の社員で、
荷物を積み込むと私達を乗せて、パリ中心部にある支社へ向かったのだ。
東さんと流星さんは、車の中でも現地社員と情報交換をし、
携帯で東京に居る神道社長とも連絡を取っている。
まったく役に立たない私は、支社に着いてからも、
緊迫する事務所の片隅で、ただただ皆の慌ただしく動く姿を見守り、
会話する流星さんの声を聞きながら、北斗さんを思い浮かべ狼狽えていた。
支社入りして30分が経過した頃、
東さんから北斗さんの新たな情報を聞かされる。



(パリ。リヴォリ通り、スターメソッド・パリ支社)


東 「星光さん、待たせてすまなかったね」
星光「いえ。私こそ何もお手伝いできなくてすみません」
東 「七星が運ばれた病院が分かったから、
  今からマルセイユへ向かうよ。
  陽立とカレンも病院で待ってるから」
星光「東さん。七星さんは無事なんですか?」
東 「一命はとりとめたということだけは確認がとれた。
  事故の負傷者が多くて、
  何件かの病院に分散されて搬送されたらしいから、
  他のスタッフが何処に運ばれたのか、
  確認するだけでも時間がかかってる。
  詳しいことは病院に行ってから話そうな」
星光「そう、ですね…」
流星「兄貴は生きてて居場所も分かったんだ。
  それだけでも来て良かった。なっ、星光ちゃん」
星光「ええ」
東 「リオンからTGVでマルセイユへ行く。
  あちらで宿泊するようになるから、荷物を忘れないようにね」
星光「TGV?」
流星「TGVはね、フランスの国鉄が運航する高速列車だよ」
星光「列車で移動するの…」
東 「ああ。3時間でマルセイユに着く。
  それからこれは絶対に守ってほしい事なんだが、
  サン・シャルル駅に到着したら、僕らと絶対に離れないように。
  日本と違ってマルセイユは、あまり治安の良いところではないから、
  駅の周辺はもちろん病院に着いてからも、
  何があってもひとりで何処かへ行かないように。いいね」
星光「はい。分かりました」
流星「俺の腕をしっかり握って歩けばいいさ」
星光「ええ」


東さんは手際よくタクシーを手配し、テキパキと段取りをして、
社員数名に今後の予定を指示すると、労いの言葉をかけている。
その姿はできる男を感じさせ、彼の偉大さを改めて知らされた。
私たちは社用車でパリ・リヨン駅へ向かい、列車に乗り込むと指定席に座る。
マルセイユ・サン・シャルル駅まで、
“世界の車窓から”を観ているような3時間余の旅。
流れる街並みや大自然を眺めながら、
列車がどんどんマルセイユに近づくにつれて、
私の心臓はドクドクと大きな鼓動を打っている。



サン・シャルル駅から頼んであったタクシーに乗り数十分、
Y・マルセイユ総合病院に到着した時には夜の10時を過ぎていた。
グレーやベージュの建物がずらっと並んだ閑静な街並みの中に、
その病院はどっしりと建っている。
ガラスの扉に書かれた病院の名前と赤い十字のマーク。
私は流星さんに手を引かれ、
東さんの後について建物の中へ入っていったのだった。


一階フロアに入ると、
浮城さんとカレンさんが長椅子に腰かけ待っていた。
浮城さんは深刻な顔で東さんと流星さんに声をかけ、
カレンさんは二人に挨拶をするとすぐに私の傍にくる。
その顔はとても疲れていて悲しそうに見えた。


浮城 「お疲れ様です」
東  「陽立。遅くなってすまなかったな」
浮城 「いえ。こちらこそ、
   情報がなかなか掴めなくて連絡が遅れてしまって。
   東さんとの電話を切った後で分かったことなんですが、
   今回事故に遭ったのは、カズ達のチャーター船だけじゃなく、
   アメリカからの観光客が乗った観光船を含んだ3隻らしいです。
   カレンが関係者に聞いた話だと、
   初めに事故を起こしたのは小型漁船じゃないかってことです。
   どうもうちはその事故に巻き込まれたようで、
   そういう状況下で3隻の遭難者が救助されたもので、
   撮影クルーの安否確認に手間取りましたよ」
東  「そうだったのか」
浮城 「ええ。事故の詳細はまだ判らないんですが、
   カズにスタッフ、乗組員8人全員無事で、
   搬送先も確認できたので良かったです。これを」
東  「そうか。ご苦労だったな。
   陽立とカレンが先立って動いてくれたおかげで助かったよ」
浮城 「いえ。俺なんか英語しか話せないからもたついて。
   カレンがかなり頑張ってくれたんで助かったんです」
流星 「浮城さん、ありがとうございます。
   ふたりに全部任せてしまってすみません」
浮城 「当たり前のことをしただけで礼なんていいんだ。
   それより、カズのところへ行ってやって。
   あいつ。自分も負傷してるのに、かなり頑張ったんだぞ」
流星 「えっ…。浮城さん、それってどういうことですか」
浮城さんは同行したスタッフの話をした。
それを聞いて、流星さんは拳を握りしめてぐっと涙をこらえ、
東さんは病棟へ続く長い廊下の先を見つめている。
浮城 「フランスでも日本でも、カズはカズらしいってこと。
   流星、東さん。会ったらあいつを褒めてやってくれ」
東  「七星……」
流星 「兄貴のやつ」


カレン「星光さん。大丈夫?
   ここに着くまで気が気ではなかったでしょう」
星光 「カレンさん。あの、七星さんには会えましたか?」
カレン「ええ。まだ眠ってる」
星光 「そうですか…」
カレン「でも…とても痛々しいわよ。
   カズに会ってショック受けないでね」
星光 「カレンさん…(涙声)」
カレン「ご、ごめんなさい。
   私達が傍に居るから、
   星光さんもカズに会いに行きましょう」
浮城 「星光ちゃん。大丈夫?行けるかい?
星光 「はい……」
浮城 「カズの病棟に案内するよ」
流星 「よし。兄貴のところに行こう」



廊下をすれ違うブルーのユニホームを着た病院スタッフ。
詰所のカウンターに凭れ聴診器を首からかけて、
カルテを食い入るように見る数人のドクター。
付き添い人に点滴のついた車いすを押され、
病室に向かう患者さん。
まるで洋画か海外ドラマの中にでも入り込んだような錯覚と、
昨夜から真面に眠ってないからか、
体中がふわふわと浮いたような不可解な感覚。
こうやってカレンさんや浮城さんと話してても、
ナースステーションへ行き、看護師に案内されてても、
廊下を歩いている時までは、リアルには感じられなかった。
でも病室のドアの前に立った時、
糸島からずっと感じていた恐怖感が再び襲ってくる。
流星さんと東さんは病室に入っていったけれど、
私はすぐには入れなかったのだ。
体中が震え足は竦み、ドアに手をかける右手も震え出す。


カレン「星光さん?」
浮城 「大丈夫か?」
星光 「このドアを開けるのが、怖くて……」
浮城 「星光ちゃん、落ち着くまでベンチに座って休むかい?」
カレン「そのほうがいいわ。旅の疲れも出てるのかも。
   陽立、彼女を待合フロアに連れて行きましょう」
浮城 「ああ」
星光 「……」

ふたりは私を支えるように両脇に立ち、震える肩に手をのせた。
そして、浮城さんが脇に手を回し連れて行こうとした時、
目の前のドアが開き、
東さんが医師の説明を聞く為に看護師さんと出てきた。


東  「星光さん、大丈夫か?」
カレン「私たちが付き添ってますから」
東  「そうだな。頼む」
看護師「ドクターはナースステーションにいらっしゃいます」
東  「お願いします」

東さんは私を気に掛けながらもナースステーションへ向かう。
少しするとカレンさんと東さんのやり取りを気にした流星さんも、
私を心配して病室から出てきた。
彼は優しく守るような眼差しで私を見つめていたけれど、
怯える私の手を力強く握りしめるとドアを開けたのだ。
私は無言の流星さんに導かれて、北斗さんの眠る病室へ入っていく。


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