ポラリスの贈りもの
35、儚くて恋しくて後ろめたくて 

流星さんと会った日から3日後の月曜日、午前8時半。
私は出社早々岡崎店長から呼び出される。
その内容は、従業員の間で噂になっている風馬との関係と、
私が本社に直接送った退職届の件だった。
斡旋辞退の真相を知った流星さんが、
会社を辞める方法をアドバイスしてくれたのだ。


私は包み隠さずに、風馬とのことや仕事を斡旋されたことなど、
これまでに至る経緯を詳しく説明した。
いつも温厚でポーカーフェイスの店長は私の話を親身に聞いてくれていたが、
私の口からスターメソッドの名前が出た途端、
驚きと共に深刻な顔つきに変わる。
話し終った後、本社の人事から連絡を受けて、
締日である11月10日付での退社を同意せざるを得ないと店長から聞かされた。
ホッと胸を撫で下ろす私とは対照的に、
店長は大企業の斡旋話に疑問を感じたようで、
スターメソッドの件がはっきりするまで、幸福荘に住むことを提案してくれた。
そして、店に戻ってくることも考えるようにと……
きっと私の行く末を案じてのことだと思う。
右も左もわからない東京という地で、住まいも仕事もなく途方に暮れる私を、
二つ返事で雇い、住まいを与えてくれた岡崎店長とCCマート。
その恩を仇で返すようなやり方をしている私にも、
岡崎店長は終始変わらずに接してくれて、
後ろめたさから良心の呵責に苛まれる。


元はと言えばこの話、北斗さんから持ち込まれたオファー。
流星さんのアドバイスは涙が出るほど有難かった。
けれど、北斗さんを抜きにして進められる話でもなく、
彼から連絡がない今、やっぱり手放しでは喜べない。
北斗さんに対しても、後ろめたさと自責の念が頭をもたげ、
本当にこれで良かったのだろうかと焦燥感が込み上げてくる。
その日一日、なんとなく寂しいような、
心細いような心持ちで仕事をした私だった。



その夜、午後9時。
閉店一時間前のCCマート吉祥寺店の店内で、
風馬も私と同じような複雑な気持ちで業務をこなしていた。
鮮魚コーナーでときどき重い溜息をつき、
ひとつひとつの商品のラベルを確認しながら、
消費期限切れがないかチェックをしている。
風馬が半額シールを商品に貼っていた時、
品ある中年女性が風馬の横で、
にぎり寿司のパックを手に取りかごに入れた。
風馬は作業している手を止めて、
その女性に声をかけたのだ。


風馬「いらっしゃいませ!
  お客様、そちらの商品も半額になってますので、
  値引きシールを貼りますね」
女性「まぁ。これも半額なの?ずいぶん安くなってるのね」
風馬「はい。その代り本日中にお召し上がりくださ……い。
  あっ(驚)貴女はもしかして、古賀美砂子さん、ですよね?」
古賀「えっ!え、ええ。そうですけど。
  何故、私の名前を……」
風馬「本当の、星光のお母さんですよね!」
古賀「えっ。貴方は?塩田さん……」
風馬「はい!俺、北九州の“魚玄(うおげん)”の塩田風馬です!」
古賀「魚玄って。
  貴方が、玄さんの息子さんの風馬くん!?」
風馬「はい!」



私の母である古賀美砂子と、風馬の25年ぶりの再会だった。
母は風馬の顔をまじまじと見て、
なんとなく面影の残る彼の手を握って邂逅(かいこう)を喜ぶ。
一方風馬は、母から話を聞けば私に何か情報を伝えられると考えていた。
ふたりは人もまばらな店内で、昔を懐かしみながら話したのだ。




古賀「そうよね。私が福岡を離れてもう25年になるものね。
  星光から声をかけられた時も気がつかなかったけど、
  風馬くんもこんなに立派な青年になってぇ」
風馬「えっ!?星光と会ったんですか?」
古賀「ええ(笑)それもつい最近、私の勤める病院で偶然に」
風馬「病院?
  (星光のやつ、お母さんと会ったこと何で言わないんだ)」
古賀「あぁ。私は今、新宿にある大学病院に勤めててね。
  病棟の廊下で、星光から声をかけられるまでわからなかったわ。
  私の担当する患者さんのご家族とお見舞いにきてたの。
  星光の、お友達かな?それとも彼氏なのかしら」
風馬「それってもしかして。
  その患者さんの家族って、北斗さんって言いますか?」
古賀「えっ。ええ、北斗さんと風馬くんも知り合いなの?」
風馬「ええ。よく知ってますよ」
古賀「そう。世間って広いようで狭いわね(微笑)
  じゃあ、風馬くんも星光とよく会ってるの?」
風馬「はい。でも、俺……
  今月いっぱいでここ辞めて実家に帰るんですよ。
  福岡に帰ったら、近々結婚するんです。
  だから、もう星光とも……」
古賀「まぁー!風馬くん、結婚が決まったの?
  おめでとう!
  貴方のお母さんの輝ちゃんとも、
  最近は連絡とってなかったから知らなかったわ」
風馬「それが、親にはまだ話してなくて」
古賀「そう。じゃあ、彼女との間で結婚が決まってるのね(微笑)
  でも貴方が結婚したら、星光は寂しくなるかもしれないわね」
風馬「えっ。それってどういう意味ですか?」
古賀「貴方たちね、子供のころからずっと一緒だったのよ。
  まだ3歳だったから覚えてなくて当たり前だけど(笑)
  いつも風馬くんの後を、泣きながら星光が追いかけてたわ。
  公園でおままごとしてる星光が、近所の子にいじめられてるのをみると、
  貴方はいつも『俺の嫁さんに何しよーとやー!』って。
  助けにはいって星光のことを守ってくれてたのよ。
  私ね、それをみてて頼もしくって、
  風馬くんが将来、星光の旦那様になってくれたらって思ったくらい」
風馬「……」
古賀「でも風馬くん、良かったわね。
  彼女と幸せになるのよ」
風馬「はい……あの!星光のお母さん。聞きたいことがあります」
古賀「聞きたいこと。何かしら?」
風馬「あの。何故、星光を手放して濱生の養女にしたんですか」


風馬の言葉に一瞬、言葉をなくし苦笑いを浮かべる母だったけれど、
何かを吹っ切るように語りだした。


古賀「星光は……私たちが手放したわけじゃないの。
  濱生に、大神楽に奪われたの」
風馬「えっ!」


穏やかな口調で語りながらも、
笑いたいような情けないような一種妙な顔つきで真実を話す母。
風馬はその痛みを感じとりながら相槌をうっている。
そして話し終わると、深い溜息をついた。


風馬「はぁーっ。そうだったんですか。
  (星光……)
  俺のお袋も知ってたんですね」
古賀「ええ。だって貴方のお母さんとは大親友だったから、
  いちばんに私たちのことを心配してくれてたわ」
風馬「そっか。お袋もいいとこあるんだ。
  話してくれてありがとうございます。
  星光のお母さんから直接本当のことが聞けて良かったです」
古賀「ええ(微笑)福岡に帰ったら、玄さんと輝ちゃんによろしくね」
風馬「はい」


何故私と離れ離れになったのか、
記憶をたどりながら話した母を見つめる。
掻い摘んだ内容であっても直接真相が聞けたことに、
風馬は今までにない安堵感と、
私の哀れな生い立ちに惻隠の情を強く抱いたのだ。


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