ポラリスの贈りもの

その頃、北斗さんたちはと言うと、
7時から行われている最終会議に出席していた。
スターメソッドでは連日、
プロジェクト会議や撮影の打ち合わせが進められ、
昴然社の仕事に関わるスタッフ・関連会社の代表らが集まり、
会議は大詰めに差し掛かっている。


(スターメソッド5階、大会議室)


神道「では、最終確認と調整にはいるぞ。
  ざっと通すから、意見のある者は説明後に発言するように。
  今回はよそを通すことなく社内ワンストップ体制で制作し、
  手元の資料に書かれている通り、3班で構成して作業を進めてもらう。
  1班は谷田がリーダーで、パンフレット・ポスターなどの紙媒体、
  デザイン・印刷・製本・梱包・納品・追加受注を行う。
  2班は東がリーダーで、昴然社から出向している根岸くんも加わり、
  2班で撮影業務を行ってもらう。
  作業は、写真・ビデオ撮影、レタッチ(加工・修正)。
  それから根岸カメラマン、KTSの望田カメラマン、
  Jウォント企画の細波カメラマン、ブルーシー撮影社の恋月カメラマンが、
  3か月間撮影した画像のデータ処理と印刷に適した色補正まで行うこと。
  2班はハードスケジュールで過酷な業務になると思うが、
  うちの社員と一般急募で、潜水のできる人間と撮影経験者を捜している。
  増員にはすこし時間がかかるが、
  それまでは今いるスタッフで頑張ってくれ。
  3班は角がリーダーで、WEB・ライター、
  校閲・編集作業後の文字内容の確認、
  レイアウトイメージの確認までを行う。
  日程は2枚目の資料に書かれている通りで進めるが、
  仕事の進み具合を見て各班で調整してくれ。以上だ。
  では質疑応答に入るが、誰か質問や意見があれば聞こう」
根岸「はい」
神道「根岸くん」
根岸「スターメソッドさんにお願いする前に、
  4社が撮った画像データの件ですが、
  すべて撮影は一から御社でするべきではないですか?」
神道「ん?それはどういう意味だ」
根岸「まぁ、私が撮った画像データは提供しますが、
  望田、細波、恋月、
  3人のカメラマンが撮影した画像に関しては論外でしょ。
  神道社長はうちの伯社長に、
  半年で一年半と同額の報酬で契約したんですよね」
神道「ああ」
根岸「だったら、撮影はすべてスターメソッドでやるのが筋でしょう」
東 「根岸。この3人のカメラマンとは面談済みで同意書をもらっている。
  このプロジェクトで撮った画像は、すべて提供するとのことだ。
  それは伯社長もご存知のはずだか?」
根岸「同意書があったって、彼らに何のメリットがあるんでしょう。
  体張って怪我して、作品だけはとりあげられるわけですか。
  これじゃあ、御社が丸儲けですよね(笑)」



神道社長と根岸さんの攻防が繰り広げられ、
会議室の空気はぴんと張りつめた。
窓際のいちばん後ろの席に2列で座っている浮城さんたちは、
好戦的な根岸さんを不快そうに見ている。


浮城 「なんだ?あいつ。
   なんで神道社長に喧嘩腰なんだ」
流星 「威勢がいいな。
   伯の後ろ盾があるから粋がってるのか。
   うんもすんもなしに画像提供させられるわけだし、
   あいつからすればうちでの仕事はつまらんだろう」
浮城 「そうだな。自分ペースでできないんだから面白くはないよな。
   まさか、俺たちに恨みでも抱いてるか?」
カレン「恨み?恨みなんかあるわけないじゃない。
   ここにはうちの人間ばかりで、他社は彼ひとりなのよ」
流星 「四面楚歌ということか」
浮城 「もしかしたら、わざと好戦的な態度をとってるかもしれんぞ。
   最初に俺たちでガツンとしめとくか」
カレン「ちょっと、貴方たち。
   これから半年一緒に仕事する仲間でしょ?
   子供のいじめみたいなこと言わないの。
   大人げない」
流星 「いじめ?ふん。根岸はそんな玉か?
   こんな大事な会議で社長に嫌味を言うくらいだからな。
   あいつ、絶対に何か裏がある気がする」
カレン「もう。流星、勘繰りすぎよ」
流星 「いや。そうでもないさ。
   なんたってあの黄金のクレーン事故があるからな」  
カレン「……」


3人がぼぞぼぞと話している中、
北斗さんは後ろの席からカレンさんを見つめて、
訝しげな(いぶかしげな)顔を浮かべている。
会議の間中、私のことはずっと気にかけてもいたが、
カレンさんのここ数日間の行動に対して違和感を覚えていた。
彼女は今回の撮影に関する重要な会議や打ち合わせも、
これまでは出席しておらず、最終会議だけ出席しているのだ。
しかも、根岸さんと一緒に現れたことも、
北斗さんの疑問に追い打ちをかけた。
一頻り根岸さんが話した後、神道社長が反撃に出る。


神道「じゃあ、根岸くんに聞くが。
  昴然社は負傷したカメラマンとスタッフに賠償金は払ってるのか?」
根岸「それは、弊社が全員に治療費・機材破損分とも全額渡している」
神道「ほーぅ」  
東 「僕らが確認したところでは、
  確かに治療費・機材破損分の代金は払われているが、
  撮影報酬は支払われてないそうだが?」
根岸「そんなことはない。きちんと確認したのか」
東 「ああ。すべて確認済みだ」
神道「今回の契約金の中には望田、細波、恋月、
  3人のカメラマンの撮影報酬、
  KTS・Jウォント企画・ブルーシー撮影社が動いた3か月分の経費、
  3社3名の名前もしっかり記載することも条件に含まれている。
  そして、昴然社の負債分もだ」


神道社長が最後に発した言葉で、
会場に居る全員がざわめきだす。
説明された内容に皆不安の色を隠せない。
そして突っ掛かっていった根岸さんも息を呑み唖然となる。
しかし神道社長だけは毅然とした態度を崩さなかった。  


神道「これが私と伯社長の契約だ。
  何か問題でもあるのか。根岸」
根岸「うっ……いいえ、ありません」
神道「そうか。では他になければ閉会するが?」 


神道社長の呼びかけに、会議参加者は誰一人として異議を唱えなかった。
根岸さんは、神道社長のすきのない攻撃にぐうの音も出ず、
無言のままやり場のない怒りを拳に託している。

神道「よし。では、これにて解散」
全員「お疲れ様でした」



三時間にも及ぶ最終会議が無事終了して、
神道社長と東さんが会議室から退席すると、
皆もそれぞれの持ち場に戻っていく。
浮城さんと流星さんはぼそぼそと話しながら会議室から出ていき、
続いて出入り口近くに座っていた根岸さんが席を立ち、
出口に向かおうとすると、カレンさんが声を掛けた。


カレン「根岸くん、待って。私も一緒に行くから」
根岸 「ああ」

そそくさと手元の資料を持ち、
笑顔で根岸さんの許へいこうとしたその時、
北斗さんが彼女の腕を掴んで引き留めた。


七星 「カレン!話がある」
カレン「えっ。今更何なの?
   私は話すことなんてないわ」
七星 「お前、何故これまでの会議に出席しないで単独行動してるんだ」
カレン「そんなこと、いちいちカズに言わなきゃいけないの?
   今日の最終会議は出席したんだし、
   神道社長と東さんがOKを出してるんだから何も問題ないわ」
七星 「じゃあ、あの日は。
   車を置いて何処に居たんだ」
カレン「そんなこと、今更カズには関係ないでしょ?
   私は貴方にフラれたの。
   だから私が何をしようと、
   車を会社に置いたまま何処へ行こうと、
   あれこれ言われる筋合いはないわ」
七星 「今回の撮影はいつもよりハードで、チームワークが重要になるんだぞ。
   仲間どうしの連携が取れなくて、どうやってこの撮影を成功させるんだ」
カレン「ふん(笑)仲間。チームワークですって?
   笑わせるわね。私はプロなのよ。
   何年この仕事やってると思ってるの。
   ハードなのは百も承知だし、会議のひとつやふたつ出なくたって、
   配られた資料をみれば大凡はわかるわよ。
   そういうカズこそ、仲間に内緒で進めてチームワークを壊したでしょ?」
七星 「ん。それはどういう意味だ」
カレン「私のことより、濱生星光のことを考えたら?
   ド素人のあの子にこんなハードな仕事をさせるんでしょ!
   それこそプロのやることじゃないわ。
   学生時代の試験前日みたいに、
   一夜漬けってわけにはいかないんだから、
   神経を集中して彼女のお守りの仕方でも考えるべきじゃない!?」
七星 「そのことなら、彼女は今回のオファーを断った。
   だからここには来ない」
カレン「そう。賢明な判断だわ。
   これでスムーズに撮影できそう。
   私、もう行くから!」
七星 「カレン、待てよ!
   僕の質問に何一つ答えてないだろ!」


逃げるように去ろうとするカレンさんの腕を、
北斗さんは掴んで離さない。
その時、二人の間へ切り込むように根岸さんの冷静な声が響いた。
彼は不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと二人に近付く。


根岸 「カレンさんは僕と居たんですよ。七星さん」
七星 「根岸」
根岸 「そんなに知りたいなら、貴方の質問には俺が応えます」
カレン「根岸くん(焦)いいの、それは私が」
根岸 「カレンさんは俺と付き合ってるんです」
七星 「は?(驚)カレンとお前が?」
根岸 「どうしたんですか。知りたかったんでしょ?(笑)
   車を置いて帰った日も、
   俺の車で帰って一晩一緒に過ごしたんですよ」
カレン「……」
七星 「根岸……お前、何を企んでる」
根岸 「企む?別に何も(笑)
   俺たちは唯単に愛し合ってますからね。
   横浜の夜景の見えるホテルでワインを飲みながら、
   互いのカメラで裸体を写しながら何度も抱き合う。
   俺とカレンさんが、ただの男と女ってだけの話です」
カレン「根岸くん!」
七星 「……」
根岸 「それとも何ですか。
   貴方は、ずっと想っていたカレンさんをフッて泣かしておきながら、
   彼女が他の男の許へ行くのは癪に障るというわけですか?
   魅力的な写真を撮ることで有名な北斗七星も、
   恋のゲームでは素人かな?(笑)」
七星 「根岸……
   (あのシャッター音は…やはりこいつか)」
カレン「根岸くん!もうやめて。
   もういいから行きましょう。
   カズ、私のことは気にしないで。
   仕事はきっちりやるから。
   じゃあ、撮影現場でね!」
根岸 「七星さん、お先に。お疲れ様」
七星 「……」


赤面するカレンさんは恥ずかしさと後ろめたさで居た堪れず、
北斗さんの手を振りほどいて根岸さんの許に駆け寄ると、
彼の手を引いて会議室を出て行った。
彼女は歩きながら根岸さんの腕にしがみ付き話し出す。


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