それは嘘から始まる。
「ごめんね。自分の知らないところでなにかが動くなんて、気持ち悪いよね」
「だ、大丈夫! ただ、ちょっと……頭がパンクしそうなだけ、で――」

 大きく頭を振った時雨は、こめかみに両手を添える。とたん、時雨は影に覆われた。
 屈んだ優の唇が、時雨のそれを掠めたのだ。

「あえ……え、あ……に、しな……くん……?」

 時雨の顔は真っ赤に染まっていた。目を瞬かせながら。

「天地さんが、可愛いから」

 優は顔を逸らして、口を隠すように手を添える。「ごめん」と小さく紡いで。
 訪れようとしていた沈黙が、ドアから聞こえた声に破られる。

「うーわー、やっぱゆうたん手が早いわ」
「バカ晴っ! いいところで声を出したから台無しじゃないっ」

 バカバカと紡ぐ聞き慣れたその声に、ふたりはドアの方を向いた。

「千恵ちゃん!」
「晴樹っ!?」

 千恵は時雨に走り寄り、時雨を抱きしめた。

「ごめんね、時雨。あたし時雨を騙してたの」
「それはさっき、西名くんから聞いたよ」
「ゆうちゃんは初めはね、時雨と付き合いたいけどどうしていいか解らないって、あたしに相談をしてきたの」

 相談をするうちに、『嘘でもいいから付き合いたい』に変更をしていったと千恵は語る。千恵の肩越しに立つ優を見遣れば、困ったように眉根を寄せていた。

「そ、そっか……。ところで、千恵ちゃんと北河くんはどこにいたの?」
「廊下で立ち聞きという古典的な感じでいました。心配なら心配って言えばいいのにな」

 吹き出して笑う晴樹は、時雨を離した千恵にポカポカと叩かれていた。

「アンタあたしと別れたいの?」
「嫌だな、千恵たん。俺は千恵たんが大好きなのに」

 ふたりの言葉に、時雨は目を丸める。

「ええっ!? 千恵ちゃんと北河くんは付き合ってるの!? い、いいっいつからっ!?」

 『中三の二学期から』と口を揃えるふたりは、顔を見合わせて笑いあった。

「俺は知ってたから、知らないのは天地さんだけだよ」

 そう言う優は、時雨の両手を取った。

「そうだったんだ……」
「でも、これからはそうじゃないよ。天地さんを疎外にはしない」

 絶対に。
 緩く握られる手に、時雨は笑みを浮かべた。

「信じるよ。西名くんだから」
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