また、部屋に誰かがいた
「この写真は以前、ここに『きもだめし』に来た若者が撮影したものです。
最初は気づかずにSNSに投稿していたところ『霊が写っている』との反響が起こったものです。」
霊能力者の聖子がフリップボードに拡大された写真を撮影カメラに向けると、
「本当だ、窓に人らしきものが写っている!」
芸人の佐藤が叫んだ。
「よく見ると、スーツを着てネクタイを締めているようですから、ホテルの従業員ではないかと私は考えています」
聖子が心霊写真について解説を加える隣で、アイドルタレントのあかねも、この廃ホテルに霊の気配を感じ取っていた。撮影カメラに向かって聖子はさらに語る
「ここは温泉旅館風のホテルだったため、浴衣姿の霊の目撃情報も多いんです」

「やばいな…早く追っ払わないと…」
廃ホテルの2階の窓際で「たぬき課長」こと玉木は思案していた。
ここでホテル火災が発生したとき、彼は宴会に参加していた。課長に昇格した嬉しさで、すっかり酔っ払い、ハメをはずしてしまった彼はパンツ一丁でお腹に顔を描き「腹踊り」をしていたところを煙にまかれ亡くなってしまった。
だから、
そのまんまの姿で彼は地縛霊となっていた。
「よりによって、なんでこんな姿で…」
最近、心霊スポットとして評判になってしまったため、週末の夜などは多くの若者が訪れており、そのたびに彼は見つからないように廃ホテルのなかを逃げ回っていたのだ。
「万一、テレビカメラなんかに映ってしまったら、俺はおしまいだ」
もう死んじゃってるんだら、いいんじゃないと考えてしまうが、酒が入ってない彼はいたってシャイで真面目な男だった。

一方、撮影クルーたちは
「それでは、牧田あかねちゃんに一人で入ってもらいま~す」
ハンディカメラを持たされたあかねは
「え~嫌ですよ~」
入口に設営されたモニターで佐藤と銀閣寺聖子が見守るなか、あかねがカメラを持って一人で廃ホテルに入っていくという企画が進行していた。
実はあかねには霊感があり、彼女もそのことを自覚していた。
そして幼い頃から他人には見えないものが見えていた彼女にとって、もはや霊は「怖いもの」ではなくなっていたので、この企画を受けていたのだ。
確かに人に憑りついたり、自殺や事故死へと誘うような、恐ろしい霊もいるが、それはごく一部で、ほとんどは怖がる必要のないものであることを彼女は知っていた。
しかし、この野心に溢れるアイドルタレントは大袈裟なまでに怖がっている素振りを見せ、さらには涙まで見せて、この単独ロケを盛り上げた。




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