また、部屋に誰かがいた
私はリビングに彼を招き入れると
「ちょうど今、お湯沸かしてたの。コーヒー入れるね」

「ああ。ありがとう」コートを脱ぎながら相変わらずの笑顔で直人が答える。

「久しぶりだね。私たちが別れてからだから3年ぶりかしら」

「そうか…もう、そんなに経つんだなぁ」

「その…なんていうか…あのときは私のわがままで勝手なこと言っちゃって…」

気まずくて直人と目を合わせることができないまま、コーヒーをカップに注ぎながら、そう言う私に

「いいんだよ。もう…」

直人は穏やかな声でそう答えた。

違うの…私はね…あなたと別れてしまったことを今でも後悔しているの…

そんなこと言えるわけもなく、彼の前にコーヒーカップを差し出しながら、

「本当に…あのときはごめんね…」

「だから、いいんだって。気にするな」

そう言う直人は、やはり優しい笑顔のままだ。

暖かな湯気があがるカップを持ち、美味しそうにコーヒーを飲んでくれる彼の向かいに私が座ると

「いま…幸せか?」

直人が真顔で私に尋ねた。

「…うん…まぁ…なんとか…」

「本当か?」

「うん…幸せだよ」
私は強がりを言ってしまった。

「良かった。そうか…良かった…」

彼はにっこり笑って、それだけ言った。そんな空気が気まずく感じた私は
「コーヒーもう一杯飲む?」
そう言ってキッチンに向かってから、再び彼の方を振り返ると、
そこには誰もいなかった。

「え?直人!」

何が起こったのかもわからず部屋の中をうろうろ探しまわったが、彼はいない。

急に前カレが訪ねてきたと思ったら、急に消えてしまったのだ。

混乱する私の耳にテレビからニュースキャスターの声が
「今日の夕刻、首都高でトラック1台と乗用車3台が絡んだ事故が発生しました。この事故で1人が死亡。2人が重体となっています。亡くなったのは東京都大田区の真下直人さん…」

「…………!」

私は思わず、その場に座り込んでしまった。
(直人が…!?事故…)

ふと窓を見る。
いま、この夜空を直人が昇って行っているような気がして、私はゆっくりと立ち上がり窓を開けた。

冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。空を見上げる私の目から涙が溢れた。
いつからか雪が降り出している。

真っ黒な空からゆっくりと落ちてくる白いわたぼうし。

そっと手を伸ばすと、それは私の手のひらで、ふわっと消える。
それは冷たいけど、優しい
それを眺めながら、私は彼を想った。





あのひとは優しいひとだった。
そして優しく、ふわっと消えた。








「部屋に誰かがいた」





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