また、部屋に誰かがいた
再び目を覚ました彼の目の前には、武田教授がいた。
「よかった…気が付いたな」
安心した表情を浮かべる武田の横で周囲を見渡す達也は、警視庁本庁の前にいた。
最初に彼が気を失った場所だ。

「教授…俺は…」
「急に気を失って倒れたんだよ。君は。びっくりしたよ」
「俺はどのくらい…」自分がどのくらいの間、気を失っていたのか尋ねようとした達也に教授は
「2~3分くらいかな。一時は救急車を呼ぼうかとも考えたぞ」

まだ、体がフワフワするような変な感覚が残っていた。立ち上がった達也は右手で頭を少し抑えながら、さっきまでいた世界を思い出していた。

(あれは…夢だったのか?)

そう考えると安心したが、再び吉本健人に対する憎しみが湧いてきた。
2001年といえば、あの吉本健人の母親と妹が何者かによって殺害され、彼も瀕死の重傷を負った事件が起こった年だ。それを覚えていたために、あんな夢を見てしまったのだろうか?

「大丈夫か?さぁ帰ろう。なんならアパートまで送ってあげようか?」
そう尋ねる武田に

「いえ。すいませんが、今日からまた研究室に泊まらせてください。しばらくの間でいいです。いまはあの部屋に帰るのはつらくて…」
あの場所には侑里との思い出が詰まっている。昨夜の記憶もいまだ生々しいなか、そこに足を踏み入れることを彼は拒んだ。

「そうか…いままでどおり研究室は好きなだけ使うといいよ」武田は、そんな達也の気持を察してくれた。

自宅へ向かう武田と別れて、達也は一人、大学の研究室に入った。
相変わらず、侑里を失った喪失感と、彼女を奪った吉本健人への憎しみが彼の胸に渦巻いていた。
あのとき、警察車両の後部席にいた「やつ」は間違いなく、彼を見た。そして目が合った瞬間にニヤリと笑ったのだ。その顔が蘇る。そして、気を失っていた間に見た不思議な夢。
とてもリアルな夢だった。感覚もあった。今でもあれが夢だったとは容易に納得できない。
あれは2001年だった。憎き吉本健人の母親と妹が何者かに殺され、「やつ」も重体となった事件が起きた年だ。
達也はその2001年に起きた殺人事件について調べてみようと思い立ち、パソコンを立ち上げた。
やがて画面にはインターネットの初期画面が表示され、そこにあるニュース速報を見て彼は驚いた。

「今日、山上良三内閣発足」

(どういうことだ?確か贈収賄で起訴されたはずじゃ…?)

しかし、山上起訴の記事はおろか、連日、この汚職事件について取り上げられていた記事も全て消えていた。

「俺は…どうかしてしまったんだろうか?」
頭のなかが混乱し、今にも狂いだしてしまいそうななか、冷静さを取り戻した達也は「あること」を思い出した。

2001年の世界で唯一、俺が加えた変化。それは山上のポスターを破ったことだ。
たったそれだけのことが、その後にどのような影響を与えたのかはわからないが、2016年が変化した。
あれは夢なんかじゃなく、本当に2001年に行き、そして未来を変えたのだとしたら…



(侑里を取り戻せるかもしれない)







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