また、部屋に誰かがいた

殺人者の資質

達也は、再びタイムスリップできることを期待しながら、そのときの準備をしていた。
古銭商へ行き、当時の紙幣を買い。2001年に起きた「親子惨殺事件」についての資料も集めた。
その当時、吉本健人はまだ9歳で、その事件発生現場にいたはずだ。
しかし、1日、2日と経っても、再びあの不思議な現象が彼に起きることはなかった。

武田教授は1週間ほど学会出席のため出張している。
達也は一人、研究室に籠り、そのときを待った。
吉本健人が今回の連続殺人を犯してしまった原因が、15年前の事件にあるのなら、それを未然に防ぐことで未来が変わるかもしれない。
しかし、侑里を奪った健人に対して憎悪しかない彼が考えていたことは、恐ろしい計画であった。
この事件の唯一の生き残りだった健人は、発見時、心肺停止状態であったと資料に書かれてあった。
もし、そのまま「やつ」も死んでしまっていれば、侑里はもちろん、他の7人の犠牲者も助かったはずだ。

「盗みや、傷害事件と異なり、殺人というものは、特に明確な殺意をもって他人の命を奪うという行為は、とてもハードルの高いことなんだ」

かって武田教授が達也に話してくれたことを思い出す。

「『人を殺す』という一線はね、普通はなかなか越えられないものなんだよ。だから『人を殺せる』というのは極めて特殊な資質だと、僕は考えている。」


達也自身、憎くて堪らない吉本健人だが、いざ彼を目の前にして、その手で彼を殺せるだろうか?
まして9歳というまだ幼い姿の健人を。
しかし、この事件を利用すれば、自ら手をくださなくとも、瀕死だった健人の発見を遅らせればよい。
しかし、この計画には、いまだ捕まっていない当時の犯人と遭遇してしまう危険性もある。

ふと、達也はスマホのニュースアプリを開いてみた。
あの日から避けて、見ないようにしていたニュース欄は最悪なシリアルキラー吉本健人に関する記事で溢れていた。そこに被害者として書かれてあった「森下侑里」の名前に、彼は現実を再認識し、彼女を思って胸が苦しくなった。そして、目を移した先には吉本健人の写真も。
あの日、警察車両のなかにいた「やつ」と、確かに目が合った。
「やつ」はまるで達也のことを知っていたかのようにニヤリと笑ったのだ。

「こんなやつ…15年前に死んでしまえば良かったんだ…」

怒りに震える達也の目線の先ある吉本健人が次第にぼやけていく。

ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…

彼の視界は闇に包まれ、やがて、その意識は遠くなっていった。


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