また、部屋に誰かがいた
部屋に誰かがいた【中古マンション】
市内を流れる川にかかった橋に近づくと、フロントガラスから見える通りには満開の桜があった。
片側1車線の道路に大きなピンクのトンネルができている。
そのなかをセダンの普通車を走らせる丸山浩二は思わず「わぁ…」と声を漏らした。
自然と気分も高揚してくる。
この日、彼は新居を探して内覧会回りをしていた。

プロのカメラマンとしての仕事も軌道に乗り、これまでコツコツと貯めてきた貯金と合わせて
いくらかの住宅ローンを組んでマンションを買おうと、彼は考えていた。

とはいえ、予算的にも新築は厳しい。そこで、彼の予算に合う中古の物件をいくつか、情報誌や不動産屋のちらしなどからピックアップし、「オープンハウス」と称した内覧会に行ってみることにした。

コンビニで買ったパンで朝食を済ませ、午前から行動を開始した彼は、既に2軒を見てきた。
いずれも、価格は予算内であったし、築年数も古くなく、間取りも満足のいくものであったが、即決までは至らなかった。中古であるがゆえに前の住人がどのような理由で手放すこととしたのか、その理由について詳しく知りたかったのだが、2軒とも担当の不動産業者から十分な情報を得られなかったからだ。
「ご心配なさるような『事故』はありませんよ」と言われたが、それだけではどうも納得できない。
自殺等の事件が起こった「事故物件」は当然嫌であったが、例えば、住んでみないとわからないような不具合があって出て行ったのかもしれないし、もしかしたら近所トラブルが耐えられずに手放して引っ越したのかもしれない。
そうした不安から、彼は「事故物件」か否かだけではなく、明確で、具体的な理由の説明を求めていたのだった。

車のナビの音声が3軒目のマンションに到着間近であることを伝えた。彼の前方に不動産屋の案内看板が見える。
「あそこか…」
そこは10階建てのマンション。今日内覧会を実施している部屋は5階にある。
入口にあった張り紙には
「内覧会にお越しのかたは501を呼び出してください」と書かれてある。
そのとおり、入口で501号室を呼ぶと、インターホン越しに
「ようこそ!いらっしゃいませ。どうぞエレベーターでお上がりください」
エレベーターのなかで浩二は
(先の2軒では下まで担当者が下りて迎えてくれたのに、なんか感じ悪いなぁ)

向かった501号室では、
「いらっしゃいませ!さぁ!どうぞご覧になってください」
背の低い、やや小太りな男が不動産会社の名刺を差し出しながら浩二を部屋の奥へと招いた。
「ここはまだ、築5年で新しいんですよ。水回り等の修繕や、ハウスクリーニングも済んでます」

そう部屋について説明する担当者に浩二は彼が最も気にかけていることを尋ねた。
「前の住人は、なぜそんなに早く売ることにしたんですか?」
「他の土地に引っ越すことになったそうなんです。決して事故物件とか『いわくつき』ではないですよ」
「その辺を詳しく教えてもらえませんか?」
「それは…ちょっと…」
困った様子で浩二の質問に明快な回答をしない担当者に、不信感を持った彼は
「とりあえず検討してみますが、他にも見たい物件があるんで失礼しますね」
そう言って、部屋を出た。そんな浩二の背後から
「早めにお決めになってくださいね!お電話待ってます」
担当者の元気な声がした。

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