また、部屋に誰かがいた
次の物件は、そこから5分ほどの近所にあった。
入口には、先ほどと同様に
「内覧会へお越しのお客様は1101号室を呼び出してください」と不動産会社による張り紙があった。
しかし、ここも担当者は下に下りて来ないまま、勝手に上がってくるように指示され、浩二は不安を感じた。

やがて、彼がその部屋に着くと入口でふくよかな中年女性が出迎えてくれた。
彼女から不動産会社の担当であることが書かれた名刺を受け取り、部屋に入ると、白い壁を基調にリビングも広い。11階にあるそのベランダからは、さっき彼が通った桜の通りが見下ろせた。
部屋については申し分ない。そこで彼は例の質問を担当者にぶつけた。
「ここは築8年だそうですが、前の住人はなぜ手放そうと考えたんでしょうか?」
「別に『事故物件』とかではありませんよ」
「それも含めて詳しい事情を知りたいんですが…」
今回もそれは聞けないんだろうなと半ばあきらめながら尋ねたのだが…

「じゃあ、詳しくお話ししますね」
その中年女性の担当者はそう言うと、彼をテーブルの椅子へと促し、自らもその向かいに座った。
「実は偶然、私もこの近所に住んでるんだけどね。ここには斉藤さんってご夫婦が住んでらしたの。それがね、離婚しちゃってマンションも処分することになったのよ。いや私ね~昨年あたりから、ここの奥さんが浮気してんじゃないかって言ってたのよ!もう~この辺じゃ皆の噂になってたんだから。…というのもねぇ、斉藤さんの奥さんは近くのスーパーにパートで働いていたんだけど、そこのイケメン店長とできちゃったみたいで…。あら!嘘とかいい加減な事言ってるって思ってるでしょう。私、見たんだから!二人が仲良く歩いているところを!もうね~雰囲気とかが普通じゃなくて、私は『これはデキてる』って思ったわ!」
いきなり、堰をを切ったように話し出した担当者に浩二は驚いて固まってしまった。「おばさん」の話は続く。
「まぁね~、あの店長はイケメンだったからね~!ほら今流行りの俳優に似てて。私はああいうのタイプじゃないんだけどね。私は昔からマッチよ!マッチ!特にデビュー当時の彼はキラキラしてたわ~、あのころ私、マッチの追っかけしててね~。そりゃあ、全国言ったわよ!全国!それでロケに来てたテレビカメラに映ったこともあるのよ!そもそも私がなぜマッチを好きになったかというとね、話は30年前に遡るんだけど…」
これはヤバいことになったと浩二が思っていると
「少し話が変わるんだけど、そのころ一緒に追っかけやってた美千代って子がいたんだけど、彼女のとこは旦那が浮気して別れたらしいわ」
この話は長くなりそうだと考えた浩二が
「あの…」と彼女の話を遮ろうとしたが
「でも、私はね、浮気されるほうにも問題があるって思うのよ。そもそも夫婦仲がちゃんとしてれば旦那もまっすぐ帰ってくると思うわけ!私は!そりゃあ子供のこともあるし、主婦ってのは大変よ!でもね、やっぱり旦那を大事にしないから、そうなるって私は思うの!そう!そう!子供っていえばね、この前、うちの子がね…」
彼女の話は止まらない。

結局…彼女の話はそれから3時間に及んだ。


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