また、部屋に誰かがいた
ダイニングでは、既に夕食の用意が整っており、食卓につく彼の向かいには笑顔の妻がいた。
しかし、妻は彼を見るなり、その笑顔を曇らせた。
何か悩みごとでもあるかのような様子に圭一は

(どうしたんだろう?今日何かあったのかな?)

こちらから尋ねてみようか迷ったが、

(場合によっては、詮索されたくないかもしれないし、彼女から話してくれるまで少し様子をみよう)

そう考えて、その場では何も聞かなかった。

やがて食事が終わった圭一は浴室に向かった。結局、食事の間中、妻はずっと何やら考え事をしているように無言で、その内容を彼に話すことはなかった。

(どうしたんだろう?あんな様子は初めて見た。何かとても重要なことで悩んでいるようだ)

圭一は風呂から出たら、彼女に聞いてみようと考えながら、浴室手前の脱衣所兼洗面所に入り、棚からタオルを取り出した。

だが、そのとき

「ううううう…」

彼の耳に呻き声のような音が聞こえた。

「ううううう…」

それは、苦しそうな女性の声。

それに驚いた圭一は、目の前にあった鏡を見た。

彼の左肩のあたりに、女性の頭らしきものが見える。首から下はなく、
長い髪に黒く包まれ、顔は全く見えない。

「うわあああああ!」

驚いて、思わず悲鳴を上げた彼はそこを飛び出した。
そのまま廊下を駆け、リビングに入ると、ソファーにいた彼の妻は青ざめた顔で入って来た彼の方に顔を上げた。

「女が…女が…」

恐怖のあまり、妻に上手く説明できないことをもどかしく感じながらも、こんなバカげた話を妻に話しても笑われるだけだと考えていた圭一に妻が言った。

「だから、さっき言ったでしょ…『肩に髪の毛が付いてる』って。ほら、いまも…」







「部屋に誰かがいた」













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