一寸の喪女にも五分の愛嬌を
(成瀬らしくない)

 きっと多くの女の子を手玉にとってきた成瀬だろう。そういう男ならば、行くときは強引に行くはずだろうに。

 ふと考える。

(私、成瀬のことは全然知らないのかもしれない)

 創業者一族だっただけでなく、彼の人となりを誤解しているのかもしれない。


 女の扱いが上手で遊び人。散々女の子と付き合ってきた軽薄な男。


 そう思ってきたけれど、彼の仕事ぶり、会話の端々、そして今の態度と、どれを取ってみても、私の目の前にいる成瀬は、もっと誠実で期待を裏切らないしっかりした男に見える。

 そうか、と納得した。

(私……男を警戒するあまり、成瀬のことを第一印象の外見だけでずっと色眼鏡で見ていたんだ)

「……バカだね」

 口をついて出たのは、自分の情けなさへの言葉。

 それなのに、成瀬は自分のことを言われたと誤解したのか、眉を困ったように下げる。それがあまりにも可愛くて、私は口元に笑みを浮かべて成瀬の頬に手を伸ばした。

「こんな私を口説こうとしている成瀬はバカよね。大体、下の名前で呼んで欲しいのなら、先に私を名前で呼んだらどうなの? いつまでも先輩先輩って、私の名前知ってるの? 本気で口説きたいと思っている相手なら名前で呼びなさいよ」

 成瀬がどんなつもりで私に告白をしてきているなんて、もう構わない。

 身構えすぎていたこれまでの自分に別れを告げたくなった。
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